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Virtual World

1 :  :01/11/01 19:23 ID:YNenIrJD
シリアスな小説です。
とりあえず前編。

2 :- 1 -:01/11/01 21:01 ID:DWLVgY2L
-1-

 薄暗くて狭い密室。

 その中で繰り返される唾棄すべき行為。

 きっとここは仮想空間。

 全てが虚構で現実に存在する何かを溶かしていく。

3 :- 1 -:01/11/01 21:03 ID:DWLVgY2L
 人から発する熱で蒸された雄と雌の匂いがたまらなく臭いけど、その分カ
ラダを刺激する。
 降り注がれるのは”愛”と称した粘質液。

「好きだよ‥」
 男の乱れる息遣いの中からは価値一つない言葉。
 私にはそんな感情なんかカケラもない。
 でもこの感覚はたまらなく好きなんだ。

「あんたなんて、どうだっていいんだ」
 うっすらと目を開け、上下に揺れる汗まみれの男の額を見ながらつぶやいた。
だが、男の耳には届かなかったようで、その恍惚に埋もれた軟弱な表情を変
えはしない。
 終わりを告げる液体の生温さが下の感部から脳細胞に伝わってくる。

「最高‥だったよ。うさぎちゃん‥」

4 :- 1 -:01/11/01 21:07 ID:DWLVgY2L

 男はイモリのような顔をしてネバネバした声で囁く。黒ブチの分厚いメガ
ネをかけ直し、私の首筋に色の薄い唇でキスをする。私のはだけた小振りの
胸は未だに乳首がツンと立っていて、その先が男の胸毛に触れている。毛の
間から汗が浮いており、ぬるっとした感触は感じるというより気持ち悪い。

「ねえ、アレ言って‥」
 男は萎えたカラダを私から離してそう言った。淫猥に満ちたその目は常人
には決して理解できないほど偏屈している。
 私はすぐに何を言ってほしいのかがわかる。数分前に半分脱がされたきら
びやかなドレスを着直す。

 立ち上がり、ぐったりしている男を見下ろして、単二電池が2本入ったバ
ンダイ製の変な棒を振り回した。真ん中の赤色のライトが貧弱に光り、棒に
からは町内放送のようなくぐもった効果音が流れる。

「月に代わっておしおきよ!」

 私は1オクターブ高い声を男に向かって発した。
 男は絶頂の表情を見せた。
 さっきのフィニッシュの時よりも、明らかにイっている。

 変態だ。

5 :- 1 -:01/11/01 21:15 ID:DWLVgY2L

 ココロの中でツバを吐いた。
 もしかしたら、最初からこのセリフを言っていれば、何もしなくても仕事
は終わったんじゃないか。
 そう思うと、シーツにべっとりと付着した白濁液の生々しい匂いが鬱陶し
くなる。

 私は何人もの変態を知っている。こんなことをしていると様々な性癖の人
に出くわす。
 自分のペニスを全く見せようとせず、ただ大小さまざまなバイブで私をイ
カせようとするやつ。
 服を着せたまま、じっと見つめるように指示し、オナニーをはじめるやつ。
 逆にオナニーを強要するやつ。
 SMプレイ。
 制服プレイ。
 幼児プレイ。

 いろんな人のいろんな性癖に私は付き合ってあげる。

 ま、一番の変態は私なんだけどね。

6 :- 1 -:01/11/01 21:17 ID:DWLVgY2L

 ココロは幼い頃に憧れとして見つめていた遥か遠くの星へと消えていった。
 カラダはタールのようにドス黒く溶けていく。

 性の奴隷。
 そのニュアンスはあまりにも適しすぎていて、口に出したら笑っちゃいそう。

 引き裂かれそうなココロとカラダ。
 私はその乖離を求める。
 だってあの子が求めているから。
 私のカラダなんて、ホントは携帯電話の月額基本使用料より安いんだから。
 それを高値で買ってくれる人たちには感謝すべきことなのかもしれない。

7 :- 1 -:01/11/01 21:23 ID:DWLVgY2L

 私は手を差し出した。
「5万ね」
 男のダブついた腹や、汗でベトベトの髪の毛を見ると、私はこんな人間とヤ
ったんだ、と一応、相応の罪悪感を覚える。しかしそれは本当に一瞬で、す
ぐに水酸化ナトリウムに塩酸を混ぜたようにいつもの状態に中和されていく。

 男は脱いでいたズボンから財布を取り出した。フケが付着していそうなボロ
ボロの黒い財布だ。尻の形に合わせて歪曲になっており、四隅にはほころびが
見える。どう見てもブランド物ではない。その財布から2、3度、慣れない手
つきで枚数を数えて私に渡した。
 大抵の人間はこの動作を慌てながらする。それを全身裸でやるのだから滑
稽な光景だ。
「ねえ、最後に‥フェラして‥」
 ボソボソと伺うように男は言った。私がお金をしまい、自分の制服に着替
え終え、無香臭のデオドランドスプレーをカラダ中に吹きかけている時だっ
た。男は下腹がたるんだ醜い裸体を見せたまま懇願しているので乞食のようだ。

「いいけど、別料金だよ。プラス3万」
 乾いた声に男は少し驚く。
「でも‥まだ時間が‥」
「さっき、お金の受け渡ししたでしょ?だから、それで終わりなの。また何
かするんだったらまた新たなお客さんだよ。だからホントは5万なんだけど、
そこを3万にしてあげるって言ってるんだから感謝してよね」

8 :- 1 -:01/11/01 21:28 ID:DWLVgY2L

 私はさっき男が5万円を出した時、財布の中を覗きこんでいた。もう男に
は3枚の札しか残っていなくて、その一枚は間違いなく千円札だった。つま
り、男は3万円を持っていないことを知っていたのだ。

 本当は別にしてあげてもよかったんだけど、フェラはキライだ。
 私には何にもメリットがない。例の感覚に襲われることもない。
 感じる人もいるらしいけど、私の口の粘膜には性感帯がないようだ。それ
にさせられている最中は男の奴隷になっているようで、とことん後味が悪い。
同じ理由で騎乗位もキライだったりする。私が奴隷になるのは、”性”であ
って決して”男”ではない。

 もちろん、普通の時間にやってくれと言われるとやるしかないけど、極力
避けるようにしている。
 だから、3万円という請求は単なる拒絶の意だった。

9 :- 1 -:01/11/01 21:31 ID:DWLVgY2L

 この客のように未練たらしく「最後に‥」と言ってくるやつはたまにいる。
 客によってはカッとなって、襲いかかる奴もいることはいるが、この男は
抵抗しないだろう。経験よりそのタイプでないことはわかる。

 日常生活は臆病で、上司にもOLにも妻にもあまつさえ子供にもへりくだ
るような侮蔑すべき人種。分厚いメガネの向こうの何の力もない目を見れば
一目瞭然だ。

「じゃあ、いいや‥」
 悔しそうに半立ちのペニスを無意識に自分でしごく男。家に帰ったらまた
私の裸体を想像しながらオナニーでもするのだろう。
 いや、セーラームーンのビデオでも見ながらするのかもしれない。

10 :- 1 -:01/11/01 21:35 ID:DWLVgY2L

 なんて愚鈍な生物だ。
 人間という崇められるべき種に明らかに反旗を翻す性に囚われた野獣たち。
 臭い息を吐き散らし、精神が歪められた欲望に支配され、最重要項目とし
てその悦楽に溺れる。

 男の数時間後の光景を思い浮かべ、下らないことを妄想しちゃったと自分
を嘲る。

「本当によかったよ。また指名していい?」
「ごひいきに」
「名前‥何て言うのかな?」
 私は大げさなため息をついた。
 この男に限らず、ここに訪れる客はよく聞いてくる。こんな場であっても
あたかも私を本当の恋人にでもしたかのような錯覚を覚えているらしいのだ。
 名前を聞き、それを反芻し、”幻想”に近いこの場を”現実”のものに固
めようとしていく。人によっては架空の恋人として数少ない友達に触れまわ
るやつまでいるらしい。

「それも別料金だから」
「いくらなの?」
 男は財布の中に手をかけた。
「う〜んと、2万1千円」
 中途半端な数と1シーン前に刻まれた記憶の数字が頭の中で合致したのだ
ろう。男は札を出そうとする手を止める。そして、中を見ると予想通り万札
が2枚と千円札が1枚。ピッタリだ。
 と、男の考えていることは伝わってくる。

11 :- 1 -:01/11/01 21:38 ID:DWLVgY2L

 中身を見ていたんだ。

 そんな言葉を言いたげに男は私を見た。まるで詐欺にでもあったかのよう
に、情けなく眉を「ハ」の字にして、口をポカンと広げていた。私はその時
も別に勝ち誇った気持ちにはならない。余りにも哀れで、同情の目を男に向ける。

「ウソだよ。あんた指名する時に名前見なかったの?入口前にちゃんと書い
てあるから、帰りにでも見ていったら?」
 入り口には手のひらサイズのポラロイド写真が貼ってある。それを見て、
客は相手を選ぶ。そのポラロイドの下の余白には名前が一言添えてあるはずだ。

「いや、君の口から聞きたいんだ。1万あげるから‥」
 男は万札1枚を差し出した。あらためて侮蔑の念を込めて、私は一度肩で
息をする。そしてそれを人差し指と中指で強奪するように素早く受け取った。

12 :- 1 -:01/11/01 21:40 ID:DWLVgY2L

「サヤカ。上の名前は言わないよ」
「サヤカちゃんかぁ。いい名前だね」
 人の本質の中の汚い部分を凝縮したような笑みを浮かべ、私はゾッとした。
「ありがと」
「本名?」
「んなワケないじゃん」
「ま、いいや‥。サヤカちゃんは僕の2番目の好きな人になったんだから。こ
れからもよろしくね」

 2番目‥。なんか具体的だな。

 そっか、1番目は「月野うさぎ」か。

 昇格ありがとう。
 でもそんな地位はいらないから。
 できればもう来ないでね。

13 :- 1 -:01/11/01 21:45 ID:DWLVgY2L

 男が服を着始める。
 私の”偽愛”を受けたカラダを皺だらけのカッターシャツが包み込む。
 時間が迫っていない限り、大抵の人間はこの動作は鈍い。

 ある人は、幸せを噛みしめているのかもしれない。
 ある人は、奥さんへの背徳感を募らせているのかもしれない。
 ある人は、私のカラダの味を思い出しているのかもしれない。

 このただ立ち止まるだけの数分間。私の最もキライな時の一つだ。
 混沌とした感情の群れはひたすら私を刺激する。時にはカラダの外側
に表出する。

 目をつぶって、私はその内側からの猛攻に耐えた。
 そして、思った。
 私ってキライなことばかりやっている。

 いつまでこんなことを続ければいいのだろう?

14 :  :01/11/01 21:56 ID:DWLVgY2L
-1-(今回)>>2-13

1ヶ月前まではMSeekで主に書いていたんですが気まぐれでこっちに書くことに
しました。かなりある人の影響を受けてますがオリジナルです。
このままこの板で書ききれるとは思いませんが、よろしく。
当分、自己保全だろうな‥。   作者

15 :  :01/11/02 21:04 ID:kRbsk0Bj
じこほぜ

16 :- 2 -:01/11/04 04:26 ID:TznP0Q/o

-2-

「おつかれさま」
 今日一日の仕事を終え、この店のマスターが声をかけてきた。いつもあまり
表情を変えずに言うこの言葉には感情が欠落しているようで、最初はゾッと
したものだ。しかし、夜の猫のように妖しく光る目の向こう側の優しさを私は
知っている。”尊敬”なんて愚かな表現では決してないがそれに近いものを負
の要因ながら感じている。

17 :- 2 -:01/11/04 04:32 ID:TznP0Q/o
 マスターといっても女だ。周りには男がもちろんいるがみんなこの女の指示
を仰ぎ、従っている。なぜ、この女が一番の権力を握ることになったのかわか
らない。バックによほどの権力者がいるのか、それともこの女の過去に理由が
あるのかもしれない。どういう理由にしても私にとっては断じて脅威の対象で
はなかった。

 この店の名は”マリア”と言う。看板はおろか店の内部のどこにもそんな名
前は付いていない。”マリア”はこの店ができる前の小さなパブの名前のこと
らしい。名前に無頓着だったこの支配人は俗称としてこの店のことを”マリ
ア”と呼んでいるというワケだ。たまにパブと間違えて来る人もいたりして紛
らわしいから、「名前を決めたら?」と提案したことがあったが敢え無く却下
されたことがある。

「今日はどうだった?」
「いえ。別に‥」
「ははは、野暮なこと聞いちゃったね。ごめんごめん」
 ”女だから”と舐められたくないのか、この支配人は常に髪をリーゼントに
し、その髪の流れは常に固定されている。宝塚の男役に出てきそうな出で立ちだ。

18 :- 2 -:01/11/04 04:35 ID:TznP0Q/o
 この支配人は「ケイ」と呼ばれている。もちろん偽名だろう。その由来をさ
りげなく聞くと、
「男みたいでカッコいいじゃん」
と言っていた。

 口元にあるホクロを吊り上げるようにニヤリとする。本人は28と言ってい
るがきっと二十歳前後の年齢だろう。ケイは黒くて重い過去を背負っていると
いうような翳を持っていて、すごく大人びた風采だ。だから28と言われても
違和感はない。しかし、私にはその奥にある隠し切れない若さが見えている。
ケイが28と言い張るのは他人、特に働き手の私たちに舐められたくないため
だろうが少なくとも私にはバレバレだ。

「明日は入ってたっけ?」
 私は首を縦に振る。
「久々に連チャン。ケイちゃん、それぐらい覚えといてよ」
 親しみを込めてケイを私は”ちゃん付け”をする。最初は「気持ち悪いから
やめて」みたいなことを言っていたがまんざらでもないようで今は普通に受け
入れている。

「サヤカも随分、小慣れてきたわね。結構結構」
 ケイは成長した娘の姿を喜ぶような口調で私を誉めた。実は”サヤカ”は本
名だったりする。単純に他の名前で呼ばれることがイヤだったからなのかもし
れない。それとも、もしかしたら”サヤカ”という本名を捨てたい自分がいる
のかもしれない。
 この”マリア”はかなり人の流れは激しい。6ヶ月ももつ従業員なんて珍し
い。現に今、私より前に入っていた人たちは全員辞めているようだ。

19 :- 2 -:01/11/04 04:38 ID:TznP0Q/o

 ”マリア”は何でもアリのソープとイメクラを合体させた不法な風俗店だ。

 生や中出しは基本的にはノーとなっているが店のほうは黙認していて、それ
を知っている常連客は来るたびに思う存分出していく。
 客がフロントで相手の指名と要求プレイのリクエストをし、私たちはそれを
忠実にこなす。もちろんエイズチェックはあるが結構曖昧で、もし感染させら
れたしたとしてもあまり文句を言えない立場にある。
 客の種類も選ばない。どんなに酔っ払っていようが、バックにヤクザが付い
ていそうな容姿の人間であろうがケイを含めた店側は差別なく受け入れる。そ
のせいで危険はかなり高い確率で伴う。Sをあそこに塗られて、通常のセック
スでは到達できない頂点にイカされて頭がおかしくなった従業員も過去にはい
たらしい。
 こんな肉体的にも精神的にもリスクが大きい店なため、働き手はあまり長続
きはしない。こういう商売は得てしてそういうものなのかもしれないが、ここ
は特に従業員の入れ替わりが激しいところだろう。
 それに最近、外国人が多くなってきた気がする。あまり他人には興味はない
し、パッと見では日本人かそうでないか区別がつかない人種だっているので正
確なことはわからないがそんな気がする。
 客の大抵は日本人を選ぶ。理由は外人の免疫が少ないからということと、病
気を恐れているからだろう。外国の売春婦は実際に病気もちの人間が多いのは
事実だから仕方がない。

20 :- 2 -:01/11/04 04:43 ID:TznP0Q/o

 だから、純日本人の一人である私は結構売れっ子だった。
 他のお店で働いたことがないのでわからないが給料は高いと思う。相場は5
万だが、もっと吊り上げても構わない。それに店側にもいくらか払っているよ
うだから、客にとっては5万プラスアルファを最低用意しなければならない。
私はこんな商売に身を染めているせいでお金の価値に鈍感な方だと思うが、そ
れでも高いと感じる。

「別にお金に困っているワケでもなさそうなのにねぇ」
 ケイは私の身なりを見ながら呟く。こんな低俗かつ因果な商売をしていて、
決して派手になって、同じような子と遊び呆けたりしない。
 そんな私を不思議そうに見つめていた。

21 :- 2 -:01/11/04 04:45 ID:TznP0Q/o

 ケイ曰く、こういう店で働きたい人間のタイプは二つに分類されるらしい。
 一つは、ただ遊びたいだけの人。もう一つは、借金等で苦しみ、仕方なく働
く人。もちろん、遊びすぎて借金を作って働かざるを得なかった人もいるので、
その境界線ははっきりしているわけではないが、大方はその二つに分かれるら
しい。前者はどんどん派手になっていき、常におかしいくらいのブランドの服
や宝石を身につけ、遊びまくるため寝不足が重なりそれを隠すように化粧が濃
くなってゆく。後者はどんどん罪の意識が膨らみ、鬱に落ち込んでいく。顔が
やつれ、生きながら死んでいるような人間になったりするやつまでいるようだ。

 最初、ケイは私のことを後者の人間だと思っていたらしい。しかし、一向に
罪悪感に駆られていく気配を醸さない私を見て、それも違うと思うようになっ
たらしい。かといって贅沢に足のつま先から頭のてっぺんまでブランド物を纏
うような人間にもなっていないからケイは不思議に思っているようだ。
 私は街中を歩けば、普通の人から見れば、こんな世界のことなど知りもしな
い年相応の若者のはずだ。

「それじゃあ、私帰るね。今日は疲れた」
「アンタいつもそれ言ってんじゃん。おつかれ」

22 :- 2 -:01/11/04 04:46 ID:TznP0Q/o

 社交辞令に近い雑談を終え、帰ろうとした時に一人の女が”プレイルーム”
から乱暴に扉を開けながら飛び出してきた。
 その突然の音に私とケイちゃんは反射的に目を向ける。その女の子は上半身
裸のまま大きな涙をボロボロと流している。体躯の割に大きな胸。釣鐘型でつ
んと尖っている。その頂上には小ぶりの桃色の乳輪と立っていない乳首がある。

 私はその子を知っている。つい三日前に入ってきた新人だ。
 名前は何て言ったっけ?と思いながらポラロイドが貼られた壁に目をやる。
 ヒトミと書かれた汚い字がその子の下に書かれてある。
 ああそうだ、ヒトミだ。やけに臆病に「ヒトミといいます‥」なんて言って
た記憶がある。

「どうしたの?」
 ケイはヒトミの元に駆け寄り、心配そうに眉根を寄せながら言った。でも、
決してヒトミの身を案じて言っているワケではない。ああ従業員がまた一人減
っちゃうなあ、なんて店保身のことを考えているに違いない。
「だって、だって‥できませんよぉ‥」
 声を詰まらせながら、ヒトミはケイに訴えていた。

23 :- 2 -:01/11/04 04:47 ID:TznP0Q/o

 私は17だ。法律では18以上で風営法には引っかからないと聞いたことが
あるので18と言っても大丈夫だとは思ったが、念のため20とウソをついて
ある。もちろんこの営業の存在自体が不法なため、所詮は気休めにしかならな
いのだが。

 この子もココでは20と詐称しているだろう。実際は私と同じくらい、いや
もっと下かもしれない。すらっと伸びた肢体に、あどけなさの残る顔つきは将
来美人になることを確約しているようだ。そして、何といってもまだ性の混濁
としたものに毒されていないような純潔な瞳が一番私の目を奪う。これは決し
て20過ぎの女性には出すことのできないティーンズ独特のものだ。

 ケイもヒトミが15、6であることをわかっていながら採用したに違いない。
この子よりもずっと大人っぽい私にさえ、私がまだ青臭い10代であることを
知っているかのような扱いをする瞬間があるくらいだからそういう識眼は優れ
ている人間だと思う。

「おい、何やってるんだよ!!」
 ”プレイルーム”の内側から太い怒声が飛んできた。慣れているとはいえ、
決して心地の良いものではない。声から判断すると筋肉質で強面のあんちゃん
ってところか。

24 :- 2 -:01/11/04 04:49 ID:TznP0Q/o

 私はイヤな予感がした。
 しかし、その予感に気付くのが遅かった。ケイは私の方をねだるように見て
いる。

 私は肩で息をついた。
「特別料金‥つけてよね」
「オッケー」
 ケイは右の親指と人差し指で丸を作りウィンクをする。私は持っていたバッ
グを投げるようにケイに預けて、その”プレイルーム”に入った。

25 :  :01/11/04 04:55 ID:TznP0Q/o
-1-(前回) >>2-13
-2-(今回) >>16-24

26 :名無し。:01/11/04 05:07 ID:Ce9WkjnV
ごち。

27 :ねぇ、名乗って:01/11/04 07:01 ID:Fq22iB5c
ふむ。
続編期待。

28 :名無しさん:01/11/05 07:05 ID:aWfyJKcp
保全

29 :- 3 -:01/11/05 21:55 ID:wpjB+Vf7

-3-

 1ヶ月近くも干していない硬い布団にくるまり、私は穏やかに眠っていた。
 誰かの声が揺らめきながら聞こえる。次元を超えた遠い世界から引っ張り出
されるような不思議な感覚だ。
 ワープとはこれの延長線上にあるものなのかもしれない。

「ん‥」
 抵抗とばかりに寝返りを打つも、徐々に目が覚めていく。
「起きよ〜よ〜」
 私のカラダを揺さぶりながら相手は父親とキャッチボールをすることを約束
していた子供のように幼稚に言った。
「もうちょっと寝かしてよー。昨日も遅かったんだから‥」
「この不良娘が。夜遅くまで何やってんだか‥」
 私は薄目を開けて、視界に広がる相手の顔をゆっくりと確認した。小さい顔
にあどけない輪郭が残る顔の上には、厚めの化粧がのっていた。アイラインや
精巧に造られた眉の形は完璧でそれが逆に違和感を覚えた。それに何といって
も日本人の気質の全てを消し去ったような鮮やかな金髪が西洋の人形のように
激しくカールされているのが目立つ。

30 :- 3 -:01/11/05 21:57 ID:wpjB+Vf7

「どっちが不良よ‥たまにしか帰ってこないくせに‥」
 目を擦りながらゆっくりと腰を曲げる。脳にまで血液が流れていき、脳細胞
が「起きろ」と命令してくる。
 そんな中、相手は極端なダミ声をあげた。

「すっごい、香水くさい」
 大げさに顔をしかめながら、鼻を抑えていた。
 私は異常に反応した。脳内の活性物質が急速に活動し、みるみるうちに目が
醒めていった。
「そ、そう?」
「強すぎ。布団にまで染みついちゃってるんじゃない?初めての香水?」
 鼻をつまんでいるため、くぐもった声になっている。
「そうだ、寝ぼけてこぼしちゃったんだ」

31 :- 3 -:01/11/05 21:59 ID:wpjB+Vf7

「私は洗濯しないからね」
 相手は呆れながら言う。
「自分でやるから。朝食食べた?」
「うん。ついでにサヤカの分も作った」
「ホント?サンキュ」
「だから早く起きて食べてってよね。学校行かなきゃ」
「食べとくから。私のことなんか気にしないで行けばいいじゃん」
「何を〜。それが作ってくれた人に言う言葉か?」
 茶目っ気たっぷりに睨みながら、小さいカラダを懸命に伸ばし、私の腕を
掴む。そして、布団からひきずり出した。

32 :- 3 -:01/11/05 22:01 ID:wpjB+Vf7

 私は今、この幼なじみのヤグチマリと同居している。
 年は私より一つ上の18歳。大学の1年生だ。
 マリとは物心がつく前からほとんど一緒に行動していて、私たちのことを知
らない大人には「仲の良い姉妹」とよく間違えられたものだ。

 とは言っても、この17年間、ずっと一緒だったわけではない。
 空白の年月を経て、今二人は一緒にいる。

33 :- 3 -:01/11/05 22:14 ID:wpjB+Vf7
 トーストエッグに温められた牛乳がテーブルの上に置いてある。朝から強い
方ではないので、この少量の朝食が丁度いい。

「牛乳入れてくれたんだ、珍しい」
 鼻に洗濯バサミをつけながら牛乳を温めているマリを想像してふっと笑った。
「だって、賞味期限ギリギリなんだもん。もったいないでしょ」
 マリは牛乳が嫌いだ。
 だから牛乳は一度買うと全部私が飲まなければならない。私も好きという
ほどではないので毎日飲むことはなく、大抵賞味期限ギリギリまで残ってしまう。

「マリは食べたの?」
 テーブルの上には一人分しかない。そして、洗い終えた食器が台所の横の簡
易食器置き場立てて並べられている。
「うん、もう行かなくちゃ」
「大変だね。大学生ってラクできるって聞いたことがあるんだけどなぁ」
 トーストの焦げたミミの部分にかじりつきながら何の気なしに言うと、マ
リは少し過敏に反応する。
「そういう学校もあるけどね。ヤグチんところは特別に大変」
 ”特別”のところを強調していた。マリはぷーさんのパジャマからお気に
入りのレモンイエローのワンピースに着替えていた。この服は”勝負服”に
できるほどかわいい。もし、サイズが合うのであれば絶対何回かは借りてい
ただろう。

34 :- 3 -:01/11/05 22:17 ID:wpjB+Vf7

 牛乳は砂糖がよく溶けていて甘かった。
 台所に目をやると凹凸に刻まれたまな板を置くところにスティックシュガ
ーが”L”の形をして置いてある。マリが半分だけ入れてくれたのだろう。
 朝の目覚めにはちょうど良い甘さだった。日常の何気ない幸せを一滴、ポ
トリと垂らしてくれたことに感謝しながら、小学生みたいに部屋をバタバタ
と行き来するマリを見ると、つい昔を思い出してしまう。

 私たちが疎遠になったのは決してケンカをしたからではない。
 年が一つ違うという運命上、必然だったのかもしれない。
 マリは背が小さく、今も145センチしかない。小学3年生の頃には身長は
私のほうが大きくなり、二人で遊んでいると周りには、私のほうが姉のように
見られ、それが段々マリにとってはイヤになっていったようだ。

 しかし、直接のきっかけはマリが中学生になったことだろう。学校が違うよ
うになってから1年間、私たちはほとんど会わなくなった。ずっと積もり続け
たマリの身長に対するコンプレックス、そして、中学生になって新しい友達が
増えたことで、マリは私から離れていった。

 私が中学生になった時、つまり1年後にはすっかり他人になった。
 廊下ですれ違ってもお互い無視した。幼なじみなんてたまたま近くに生まれ
ただけであって、時の流れによって容易に淘汰されていく浅薄な関係なのかも
しれない。
 若干12ながらにしてそう思ったものだ。

35 :- 3 -:01/11/05 22:20 ID:wpjB+Vf7

 再び、二人が近づいたのは私が高校を辞めてからだ。
 高校はサルでも入れるような私立を選んだ。同級生は授業を全く聞かず、ホ
ントにサルのようにゴムのように伸び縮みする髪の毛をいじったり、性に囚わ
れた視線の交換をし合っていた。
 高校一年の終わりごろになるとほとんど学校には行かなくなった。そんな中、
両親が離婚をした。もともと二人の関係は冷え切っていたし、私と二人も同等
なくらい冷えていた、というかお互い嫌っていたので何のショックもなかった。

 ただ、これは一つの転機になった。どちらに引き取られるかの選択を迫られ
た際、私は両者を拒絶した。二人とも顔が安堵の色に染まっていくのを見て、
ふふふと感情のない笑みがこぼれた。
 その後、私は二人が逆に青ざめるような要求を持ち出した。一つは絶縁する
こと、そしてもう一つは多額の養育費の請求。二人が青ざめたのは当然養育費
の方で私が二つの要求をゆっくり口に出す変遷で顔色がカメレオンのように変
わりゆく様はおかしくて仕方なかった。

36 :- 3 -:01/11/05 22:22 ID:wpjB+Vf7

 結局、二人は私の要求を承諾した。
 私は家を飛び出し一人暮らしを始めた。
 それから二人が私の生活に介入することは今まで一度もない。当然通うこと
に何のメリットもなかった高校も辞めた。
 私は少し大きめのマンションを借りた。二つ部屋があってベランダも台所も
広い。バスとトイレは当然セパレートで、リッチな大学生あるいは同棲したい
学生が住むようなマンションだった。

 半年間は絶縁金がしっかり振り込まれたがそれ以降はなくなった。しかし、
それも私の予想の範疇で何のムカつきも感じなかった。訴えたらいくらかは分
捕れそうだったが質面倒くさかったので結局しなかった。それに元々、テレク
ラなどの非合法バイトで結構お金を稼いできていたので、何とかなると思って
いた。

 そんな時、マリはどこから情報を仕入れてきたのか、ひょいと現れた。

37 :- 3 -:01/11/05 22:26 ID:wpjB+Vf7
 唖然としていた私にマリは「よお」とまるで昨日まで毎日会っていたかの
ように、軽い調子で私に呼びかけた。そしてすぐに「しばらく泊めてくんない?」
と言ってきた。それはあまりにも自然で私も「うん」と言ってしまった。

 昔のマリとは外見が随分昔とは違っていた。
 優等生タイプで黒い髪をショートに決め、ほとんど髪型が変わることがなか
ったマリがパーマをかけて、金に染め上げているという事実を目の当たりにす
るだけで驚きだった。

 しかし、マリが今大学生だということを知って、中身はあんまり変わってな
いんだ、と察した。私と違い、ちゃんと高校も卒業して、ちゃんと受験勉強し
て、ちゃんと大学に行ったのだと。人の道の一番真ん中をちゃんと進んだ人間
なんだ、あいかわらず優等生なんだ、と。

 冷静に考えると、外見は変わるのは当たり前だ。金髪の大学生なんて‥むし
ろ黒髪のままの大学生の方が少ないのかもしれない。昔のイメージがあまりに
も強い私は違和感を拭えることはできなくても、「仕方ない」と思うように
なった。

 最初からの予定だったのかはわからないが、マリは結局「泊まる」のではな
く「住む」になった。家賃も半額になるし、それにマリは一度疎遠になったと
はいえ、別に喧嘩別れをしたわけでもなかったので、私は別にそれでよかった。

38 :- 3 -:01/11/05 22:27 ID:wpjB+Vf7

「じゃあ行くね」
 マリには大きすぎるベージュのハンプトンズ・トートバッグを右肩に掛け
ながら、牛乳を飲んでいる私に声をかけた。

「今日何時に帰ってくる?」
 私は大した意味もなく聞いた。
「今日?う〜ん、予定あるからどうなるかわかんない。御飯だったら作らなく
ていいよ。適当に食べとくし」
「彼氏んとこ?」
「まあね」
「いいなぁ〜」

 マリは不思議そうに目をパチクリさせた。そしてすぐにちょっとだけ嘲笑す
るように唇の端を歪めた。
「ホントはそんなこと思ってないくせに」
「へへへ‥」
 私は見透かされたことが恥ずかしくて慌てて目を下にやり、少し焦げ付いた
トーストをほおばる。
「じゃ、行ってくる!」
「ってらっさ〜い」
 トーストを口に目一杯含みながら私はマリに手を振った。

39 :- 3 -:01/11/05 22:28 ID:wpjB+Vf7

 扉が閉まる音を聞いて、私は「彼氏か‥」とつぶやく。

 私たちは幼なじみかつ同居人だが、お互いの生活をよくは知らない。
 私が今のマリについて知っていることは、文学部の1回生であること、彼氏
がいること、マリ以外の家族は仕事の関係で京都に住んでいることぐらいか。
とはいえ、それらでさえも表面上のことにすぎず、学校で具体的にどんな講義
を受けているのかとか彼氏がどんな人間だとかはわからない。少なくとも彼氏
の写真ぐらいは見せてほしいものだけど、「見せて」と言っても見せてくれな
かった。結構な秘密主義だ。

40 :- 3 -:01/11/05 22:30 ID:wpjB+Vf7

 でもこれは私にとっても好都合だったりする。私が今やっている仕事を言う
必要がないからだ。別に頑なに秘密としているわけではないが言わないで済む
ならそれに越したことはない。
 だからもし何らかの形でバレたとしても、私の表情が変わることはないだろ
う。
 「それがどうかしたの?」で終わり。

 それでマリが「不潔」と罵るのならそれでも構わない。

 私たちはそんな関係なのだ。
 一度離れた二人はもう昔とはどこか違っていた。表面上は近くにいる二人だ
けどその実、全然違う世界で生きている。今はただ方向の違うベクトルがたま
たま交叉しているだけなのかもしれない。

41 :- 3 -:01/11/05 22:32 ID:wpjB+Vf7

 昔は今とは対照的に何でも話した。
 今日見た夢だとか、クラスであったこととか下らないことから真剣な悩みま
で包み隠さずマリに話した。
 マリもそうだったと信じたい。
 だから、マリだけが知っている私の事実は星の数ほどある。

 再会した時、その夜にマリはいろんな昔話をしゃべりはじめた。自然隆起し
た二人の間の障壁を壊そうとする思いが最初はあったようで、楽しかったこと、
嬉しかったこと、悲しかったことを楽しげに話しあった。
 私がどうしても思い出せないこともペラペラと喋りだすマリを見て、驚くと
ともに嬉しくもあった。

42 :- 3 -:01/11/05 22:38 ID:wpjB+Vf7

 あの時、そんな話の流れの中でマリは思い出したように聞いてきた。

「サヤカは昔話していた夢をまだ見ているの?」

 私はマリが何を指しているのかはすぐわかる。だって再会の日の前日も見
ていたから。あの時はしょっちゅう見ていた。今思うと、あまり見なくなっ
たのはマリが来てからかもしれない。

「うん、しょっちゅう。でもよく覚えてるね」
「サヤカと語り合ったことは大体覚えてるよ」
「ありがと」
「じゃあ」
「うん?」
 マリは一つ間を貯めて言った。

「じゃあ、サヤカは絶対彼氏を作らないんだね」

「そういうことだね」
 私は素直にうなずいた。

43 :  :01/11/05 22:43 ID:wpjB+Vf7
-1-     >>2-13
-2-(前回) >>16-24
-3-(今回) >>29-42

レスありがとうございます。しばらくはひっそりと行くつもりですが、
よろしくお願いします。しかし、倉庫逝きってマジ怖いなぁ。

44 :1:01/11/06 03:27 ID:hTt0tc5o
http://www.idisk-just.com/fview/czkobBR_GOTZuCmfc58KL6hLn3UdbLMWCQbVFJrBVfZNn4bCsCxJN1nvW5Hui3QFspg7a86wGAGqHPn1MN1pRHj0WyLfuPCNOGYm9KyVL9o.mpg

45 :百合哉:01/11/06 04:01 ID:lQjMKDZm
面白いです。頑張ってください。

46 :ねぇ、名乗って:01/11/07 20:23 ID:vkUpuMyO
続き期待してます、保全

47 :ねぇ、名乗って:01/11/08 04:36 ID:sr+uTeK8
面白いですね。
下のほうにあったんで一応保全の意味も含めてage

48 :- 4 -:01/11/08 07:37 ID:LWzI/SV4

-4-

 マリが用意してくれた朝御飯を食べて、めざましテレビとエクスプレスをリ
モコン片手に交互に見た後、適当な小説とかを読み、また寝る。昼寝には少し
早い。”朝寝”といったところか。こういうことは久しぶりだった。

 基本的にはマリが寝ている時間に私は働き、私が寝ている時間にマリは学校
に行くので本来顔を合わせるなんてマリの学校がない土日ぐらいしかない。
 何とか昔のような深い関係になろうとしたのか、マリは私が朝に無理矢理一
度起きることで一緒の時間を作ろうと提案した。
 この案はマリ自身には何の被害もないものだったのでなんて身勝手なことだ
ろうとは思ったが私はしばらくそれに従った。マリに依存している部分がどこ
かにあったからだろう。

49 :- 4 -:01/11/08 07:39 ID:LWzI/SV4

 とはいえ、このルールももう過去の遺物になっている。
 マリは彼氏ができ、朝帰りが多くなったからだ。帰らない日もできた。
 土日ぐらいいてくれてもいいとは思うのだが、そんな私のささやかな願いは
全く届かずにマリはほとんど彼氏のところにでかけている。もうこの家はマリ
の寝床程度にしかならなくなっていた。

 だから今日みたいにマリが起こすのはたまにしかなく、目を開けるとマリが
いると、なんでマリがいるの?とさえ思ってしまう。たまたま実行される約束
に、活動を休止していた私のカラダは否応なく付き合わされる。
 本当はマリの気まぐれのルールなんて付き合う必要はないのだが、なぜか妙
な義務感に駆られ、マリの言うとおりにしてしまっている。

50 :- 4 -:01/11/08 07:41 ID:LWzI/SV4

 私は風俗以外に、カラオケボックスでバイトもしている。
 こっちはいたって健全でただフロントに立って、客を部屋に入れるだけ。大
した刺激も何にもない。大抵は昼の1時から入って6時まで働き、それから漫
画喫茶やインターネットカフェで時間を潰してから”マリア”へ行く。収入的
には、ほとんどお小遣い程度しか稼げないのでやらなくてもいいのだが、私は
どうしても辞められなかった。どこか違う世界に身を置いておきたいという気
持ちがあるからだろう。

 しかし、今日はそのバイトもなく眠ることに時間を費やした。
 私は半分夢を見ることを期待した。

 昔は毎日のように見た甘い匂いと身の毛のよだつ恐怖を含有させた夢を。

51 :- 4 -:01/11/08 07:43 ID:LWzI/SV4

 目が覚めたのは太陽が沈みかけた午後5時だった。この部屋の西にある唯一
の窓からオレンジ色の陽射しが布団と私を穏やかに突き刺し、私にとっての一
日の始まりを告げる。
 天国に誘われたような錯覚を覚えながら私は目を覚ました。
 頭を2、3度振って、夢を思い起こして見る。
 しかし、何にも浮かばなかった。

 今日も見なかったのかな?

 前に進むことができない自分の中身に向かってため息をついた。
 周りがシーンとしているところを見るとマリはまだ帰ってきていないようだ。

 そっか、彼氏んところだったっけ?

 昨日のマリの言葉をおぼろげに思い出しつつ、私はとりあえずシャワーを浴
びることにした。

52 :- 4 -:01/11/08 07:45 ID:LWzI/SV4

 戸張の降りた夜の道を私は歩く。スカイブルーのラムレザーに幾何学柄のブ
ラウスという派手でも貧乏臭くもない取り合わせで影を薄くする。化粧も当然
薄くした。
 アーケードがついている商店街を突きぬけると、一転して華やかな歓楽街に
出た。そこではこの質素な身なりはやや浮いている感じがしないでもないが、
私はこれ以上の派手な服をプライベートに着ることはしたくなかった。最近オ
リジナリティと称した奇抜な服を見ると吐き気さえ覚える。

 休息を忘れ疲弊した街を、非難するように足音を立てて歩いていると、その
先には閉まったヒットショップのシャッターを背もたれにして金髪を自慢気に
たなびかせる3人の男が私を見ていることに気づいた。私の足の爪元から頭の
てっぺんまでを吟味するように眺め、獲物とばかりに乾いた唇を一度舌で舐め
ている。
「今暇〜?」
 薄汚い橙色のヒップホップ系の服を着て、の〜んとした、ちょっとカッコツ
ケも入ったような口調でナンパしてくる。その時のヘラヘラ顔を見るとこいつ
らに顔の筋肉があるのか?と思ってしまう。
「仕事があるから」
 吐き捨てた感じで言い、寄ってくる男達をハエのように払う仕草をすると、
その手を一人の男ががしりと掴んできた。
「え〜、いいじゃん。さぼっちゃおうよ」

53 :- 4 -:01/11/08 08:04 ID:LWzI/SV4

 足蹴に断られたのが男のプライドに触れてしまったのか、少し恐喝めいた口
調で私に言ってきた。掴まれた手で一瞬苦痛を浮かべるがそれすら憎くなる。
私は大きく息をついた。

「いいけど‥ココで遊ぼうよ」
 そう言いながら掴まれていないもう片方の手でバッグを開き、名刺サイズの
紙を見せた。
「ココで働いてるの。安いかどうか知らけど楽しめるは確実だよ」
 その紙は”マリア”を紹介するチラシだった。”マリア”とも書かれていな
い、電話番号もないもので広告として成り立つのか?と思う。とにかく見れば
一目で風俗店の広告だとわかるもので、大した意味もなく私は一部だけケイか
らもらっていた。
 男は私の手を離した。
「な、なんだ、風俗女かよ‥」
 後ろと前から同時に舌打ちする声がする。
「寄ってく?5万からだけど。特別4万にしてもいいよ。相場制なんだ」
「いいよ。やめとく」

54 :- 4 -:01/11/08 08:06 ID:LWzI/SV4

 男たちはさっさと退散していった。
 その後ろ姿を見て私はまたふっとため息をつく。
 男ってそんなもんだ。
 しょっちゅう、風俗に行き、性欲を吐き捨てていくくせに、そこで働いてい
る人間を最低の中でもさらに最低な人間だと思っている。
 風俗に客として入る人間とそこで働く人間のどっちが低俗だろう?
 どっちも変わらないはずだ。

 別に認められたいなんて思っていない。
 むしろ逆だ。ひっそりとその底辺の世界に隠れて棲みたいと思っている。
 だけど、ココロの見えない部分から悔しい思いが滲み出る。

55 :- 4 -:01/11/08 08:08 ID:LWzI/SV4

 お店に着くと、いつも通りの薄暗い照明と一人の人間が迎えてくれた。
「おはようございます」
「おはよう、今日も時間きっちりだね」
 今日もハードジェルをたっぷりつけたケイが本物かどうか定かではないロレ
ックスをちらりと見て言った。
「今日はラクだといいなぁ」
 低い声で唸ると、ケイは途端に謝るような仕草をして、
「昨日は本当にごめんなさいね」
と妙におしとやかに言う。
 私もそれを言わせたくて言ったようなもんだ。
 それが単なる”フリ”の域を超えない仕草だとはいえ、言ってくれるのと言
わないとではやはりどこか違う。
「ホント、香水一本使っちゃったよ。経費で落とせない?」
「ははは、私がおごるよ。ああいう客はめずらしいからね。専門店でやれっ
つーの、ったく‥」
「でもお金は弾んでくれたからね。ところであの子は辞めたんでしょ?また
忙しくなるなぁ。早く新しい子、採ってよね。ちゃんと日本人のね」

56 :- 4 -:01/11/08 08:09 ID:LWzI/SV4

 ケイは少し気難しそうな顔をした。そして顔を横に振った。
「どうしたの?」
「辞めてないよ。ていうか今入ってる」
 親指を立てて、奥の部屋に指差した。
「マジで?」
「うん、何かとりつかれているように、『もう一度やらせてください』って頼
むもんだから。よっぽどお金に困ってるのかねぇ。とにかく私心配で心配で」
「心配そうじゃないじゃん」
「そりゃあ、だって‥」
 ケイは私の方をじっと見る。
 私はため息をついた。今日これで何度目のため息だろう、とココロの片隅で
思った。

57 :- 4 -:01/11/08 08:10 ID:LWzI/SV4

「‥じゃあ待機してるね」
「助かる!こんなことサヤカにしか頼めないから」
 つまり、もし何かあったら私が身代わりになるっていうことだ。

「ケイちゃんがやればいいのに」
 半分冗談、半分本気でポツリと言った。

「28にもなったオバサン、どうやったら代わりになるっつーのよ?」
「ケイちゃんは若いよ。磨けば‥そうだなぁ、ハタチぐらいには見える」
 ケイは一瞬目をそらした。無意識だろうけど鼻のてっぺんをポリポリと掻い
ていた。多分、ウソがバレたときの癖なんだろう。私はあえて無視する。
「ま、もうすぐ終わるから‥。大丈夫だとは思うんだけどね」
「とにかく、着替えてくるわ」
「うん」

58 :- 4 -:01/11/08 08:22 ID:LWzI/SV4

 私は一応支給されている上下ピンク色でミニスカートの服に着替えた。
 「一応」というのは、当然客のリクエストに応えるためにセーラー服を着たり、
ナースの服を着たりいろいろ変えるからだ。

 着替えを終えるとケイの隣りに女の子がいた。化粧のせいかで昨日や最初に
出会った時とは少し顔が違うようにも見えたが間違いなくその子はヒトミだった。

「ああ、無事に終わったんだ」
 私は安心して二人の元に駆け寄る。ヒトミはナイロン性の青い服に帽子を被っ
ていた。そして下はギリギリまで食い込み、恥部の形状がうっすらと見ているよ
うな特製の短パンだ。つまりは漫画で良く見る警察官の露出度が大きいタイプ。
こんな服、警察官は絶対着ないはずなのになんで男という種のイメージ上には
統一されて存在しているのだろう?

「ありがとう、サヤカ。無用の心配だったみたいだね」
 ケイはテーブルに両肘をつけたラフな態勢で言った。
「うん、じゃ心おきなく稼がせてもらうわ」
 トイレをしようと背を向けた時、
「昨日はありがとうございました」
と、ヒトミの高い声が響いた。
 私は振り返る。
「いいっていいって。フレッシュさんにはキツすぎる依頼だったからね」
 ウィンクをすると、もう一度ヒトミは深くお辞儀をしていた。

59 :- 4 -:01/11/08 08:24 ID:LWzI/SV4

 今日はいたって普通の日だった。
 普通といってももちろんやることはやるんだけれど、あんまりキチガイな
プレイを強要する人間はいなかった。
 最初の人間はただセックスして終わりだった。キライなフェラチオはあった
けどそれは仕事上仕方がない。私は別にそういう肉体の快楽が欲しくてやって
いるわけでもないし。
 次の人間は、短小包茎だったけど別に臭くはなかったし、フツーに終わった。
 3人目の人間はどうやら彼女持ちみたいで私のカラダを愛撫している時に告
白してきた。それを聞いていじわるく、
「彼女に悪いと思わない?」
と悪女たらしく侮蔑を込めて言うと、下半身だけ裸だった男はペニスともども
カラダ全体が萎縮した。
 私は最初この男はMでそう意地悪く言いまくることによって快感を得る人間
だと思ったので意外だった。必死でなぐさめていると、突然私に襲いかかって
きた。

60 :- 4 -:01/11/08 08:25 ID:LWzI/SV4

 がしりと掴まれた両肩の痛みに顔をしかめながら、逆上するタイプか?と思
い、レイプシーンに移行する流れを滑らかに想像したが、男は予想に反し、突
然の自分の行動を自分でも驚いているようにハッとし、押さえつけていた肩を
外し、
「ごめん」
と言ってきた。
「‥いきなり‥なんなの?」
 動揺を全身に浮かべ、息を乱しながら私は尋ねた。襲いかかってくることは
よくあることだったので実はそんなに動揺はない。演技をかなり加味していた。
「実はお願いがあるんだ‥」
 気弱な調子のまま、男は私に口を開いた。

61 :- 4 -:01/11/08 08:32 ID:LWzI/SV4

 どうやら彼女は普通のセックスしか許さないようで、体位もほとんど正常位。
そんな彼女に不満があったようだ。確かにそんな女、私が男だったらイヤだなぁ、
と思い、同情が小さいながらも生まれた。
 結局今日の目的はいつもと違うセックスをしたいということだったので、
69とかをやってあげた(これもキライなんだけど)。
 どっちにしろ、全部私が主導権を握っていたので、気楽だった。

 仕事を終えてシャワールームへ行き、カラダに付いた男の唾液や精液を洗い
流す。部屋から出るとヒトミが待っていた。
「どうしたの?」
 てっきり帰ったと思ったので、目の前に映るヒトミの姿を見て少し戸惑った。
それよりもこの世界の中で待ち伏せされるのは初めてだった。
「昨日は‥本当にありがとうございました」
 もともと伏せ目がちだった顔をさらに下げる。長い黒髪の先がヒトミの目の
前に落ちる。
「もういいって。お金もたんまりもらえたし」
 ヒトミの横をすれ違う。そして、震える肩をポンと叩いた。
「じゃあね」
「あの!」
 ヒトミは顔を上げ、振り返り背中越しに叫んできた。「何?」と聞く私に、
「御飯‥おごります‥」
と言う。

62 :- 4 -:01/11/08 08:34 ID:LWzI/SV4

 私は眉をひそめた。そわそわと落ち着かない表情には全体的にうっすらと赤
みを帯びている。
 私は同業者とはほとんど付き合いがない。そもそもヒトミを知っていたのも、
たまたまケイに用が会ってケイの部屋を訪れると、ヒトミが面接を受けていた
からだった。

「こちらは今度入ることになったヒトミちゃんです。みなさん仲良くしてやっ
てね」
なんていう馴れ合いはここではない。

 私の知らない間に、誰かが入り、名前も顔さえも見たことのないまま辞めて
いく人間だっている。
 御飯を食べに行くなんていうのは少なくとも私には論外の世界だった。

「別にいいよ。私あんまりココの人たちと付き合わないようにしてるんだ」
「でも‥私の気が済まないし‥」
「いいって」
「いやです」
 結構ガンコな子だ。そして、こういう子なら確かに辞めないかもねとも同時
に思った。
「わかった。じゃあおごってね。ちょっと用意するから待ってて」
 そういう主義ってだけで取り立てて理由も見つからなかった私は仕方なく付
き合うことにした。

63 :  :01/11/08 08:43 ID:LWzI/SV4
〜 -2-    >>2-24
-3-(前回) >>29-42
-4-(今回) >>48-62

保全、どうもです。2日いなかったのでどうかな?と思ってましたがほっとしました。
まだ序盤ですが長くお付き合いいただけたら幸いです。
ということで遅刻です(w(連続投稿規制め‥)

64 :ゆんそな:01/11/08 17:40 ID:ZIgHUWmu
面白いよ!頑張ってや!

65 :ねぇ、名乗って:01/11/10 01:36 ID:ZaXGWuHp

保全しとかなきゃね

66 :- 5 -:01/11/10 09:58 ID:iXYPpdN9

-5-

 時刻は朝の5時を過ぎている。
 この付近でこんな時間に空いているのは24時間営業の牛丼屋かラーメン屋
かコンビニぐらいしかない。
 私たちはあまり人がいなさそうなラーメン屋に入った。
 路地裏のさらに裏に構える”琥福”という名のこの店は夜の10時に開き、
朝の7時に終えるというヘンなお店だ。
 中に入るとやはり誰もいなかった。こういう隠れたところにある店は得てし
て「誰も知らないおいしいお店」「玄人が好む通な店」みたいに思われがちだ
が、そんなことはない。
 味も量も別に変わったことは何一つない。だから人が入らない。だから私は
好きだったりする。

67 :- 5 -:01/11/10 09:59 ID:iXYPpdN9

「嬢ちゃん、今日はめずらしく一人じゃないんだ」
 店長(といっても従業員は店長と奥さんの二人しかいないみたいだけど)が
私に声をかけてきた。
 私は客の絶対数が少ないこともあって常連扱いされていた。

「まあね、卵入り焼豚ラーメン2丁‥それに唐揚げつけて」
 人の金でおごってもらうというのにあまり遠慮せずに言った。ヒトミの方に
目を向けると、
「あの‥私、卵結構です‥」
とオドオドしながら言ってきた。

「キライなの?」
「いや、そうじゃないんですけど、毎日食べてるから‥」
「ふーん、おじさーん!一つ卵抜きにして!」
と叫ぶとカウンターの向こうで「あいよー」という威勢のいい声が聞こえてきた。
「これでいい?」
 そう尋ねると、ヒトミは無言のままゆっくりと頷いた。

68 :- 5 -:01/11/10 10:04 ID:iXYPpdN9

 別に明るいというわけではないが、”マリア”に比べればよっぽど照明が明
るいこのお店であらためてヒトミを見ると、そのかわいさにぞっとした。
 肌はまだプルプルしそうなほど弾力があり、化粧の必要性は全くなさそうに
思える。
 この子は私よりも年下で今までこういう世界には足を踏み入れるどころか見
ることさえ拒絶してきたに違いない。この子はきっと純粋培養の中で育ったの
だ。どこでどう間違って”マリア”に行き着いたのだろう?

 出されたラーメン(途中まで作っていたのかものの3分で持ってくる)を食
べる前にヒトミは背筋を伸ばして合掌し、
「いただきます」
と言った。

「本当にありがとうございました」
 ラーメンに口をつける直前にまたヒトミは言った。あんまり言うもんだから
私はウザったくなりつつあった。
「別にいいって。でもこれからはもう助けてやんないから」
「はい‥。頑張ります」
「まあ、あんなことは滅多にないから」
「だといいんですが。また同じことがあると、耐えられないかも。私あんなの
‥しないし‥」
「しないワケないじゃん」
「いや。人前ではできませんよ‥」
「その気になればできるもんよ、って食べ物食べながら話すことじゃないね」

69 :- 5 -:01/11/10 10:07 ID:iXYPpdN9

 ヒトミの代わりにプレイルームに入った時、なるほどね、と思った。
 想像したヤクザ風の兄ちゃんじゃなかった。ネクタイもきっちりした細めの
サラリーマン。年は28歳から32歳の間ってところか。軟弱そうなカラダか
らは想像のつかないような酷い神経を有している。
 ヒトミっていう純粋そうな子には決して耐えられないことだろう。

 エリート風の男が求めてきたプレイはスカトロだった。
 いろんなプレイはあるがこれはかなり理解出来ない部類だ。
 精液と糞のこびりついた部屋に私は辟易しながらもその男のリクエストに
従った。それからはあとくされなく終えた。
 しまりのある筋肉をビシッとしたスーツで纏い、高そうな薄いメガネを2、3
度かけ直す。皺一つない身なりと、何かに常に飢えているようなギラギラした目
から察するに、この男はエリートなのだろう。明日のニッポンを支えるような
人間がこんな最低の地で己の欲望に従順していく。そう想像させたことが一番
吐き気をもよおさせた。
 香水を目一杯かけてもまだ消えない糞まみれの異臭に私はできることならも
うやりたくない、と痛切に感じた。

 その一方で、久しぶりにココロとカラダが分離する悦楽に覚える自分がいた。
 このごろはあまり目的に進むのではなく慢性的に働いていたことに気付く。
 だから思い出させてくれたこの子に少しは感謝している。もちろん、礼を言
う気はないけど。

70 :- 5 -:01/11/10 10:17 ID:iXYPpdN9

 私は音を立てながら麺をすすった。しばらく食べるのに夢中で無言が続いた
がヒトミの方から口を開いた。

「あの‥なんであそこで働こうと思ったんですか?」

 この子なら絶対こういうことを聞いてきそうな予感を御飯を一緒に食べると
いうことになってから感じていた。ああいうところで働く理由は金と一元的に
決まるが、それが必要な根幹の理由は人によって様々だ。それはどれも究極的
で、他の人との理由とは共通点は少ない。

71 :- 5 -:01/11/10 10:18 ID:iXYPpdN9

「それって、何で数ある風俗店から”マリア”を選んだかってこと?それとも
何で風俗店で働いているのかってこと?」

 逆に意地悪く聞き返すとヒトミは少し困った顔をした。
「え〜っとどっちも‥」
 私は苦笑した。
「私あんまり自分のこと言いたくないの。ヒトミちゃんはわかるでしょ?」
「え?」
 きょとんとした目を私に見せる。その目は少しさっきまで働いていたせいか
淫靡の名残りを漂わせている。
「どうしたの?」
「え?いや‥はい、そうですね。わかります」
 ヒトミはドキマギしながら一度目をつぶったあと、静かに頷いた。
「私もあんまり言いたくないですから」
「じゃあ、なんでそんなこと聞こうと‥あ、わかった」
「はい?」
「ケイちゃんに聞いてこい、って命令されたんでしょ?」

72 :- 5 -:01/11/10 10:20 ID:iXYPpdN9

 ヒトミの掴んでいた麺が箸からスルリと落ちる。つゆがピチャリという音と
ともに弾け、ヒトミの手についた。しかし、ヒトミはそれさえも気づかない。
「正解か。ケイちゃんも姑息だね〜」
「いや。あの、それは‥」
「別にヒトミちゃんが悪いワケじゃないよ」
「ち、違いますって」
 その慌てっぷりからはどう考えても図星だ。
 私はすごく恨みったらしく言っているがそんなに嫌悪感はなかった。別にケ
イをイヤな奴だなんて思ってもいないしもちろんヒトミにもそうだ。
 ケイは私がどんな人間であるか興味をずっと持っていたし、いずれは聞いて
くる予感はしていた。
 まあ、こうやって間接的に聞いてくるとは思わなかったが。

73 :- 5 -:01/11/10 10:23 ID:iXYPpdN9

「簡単だよ。エッチが好きだから」
 私たち以外誰もいなかったから堂々と言った。店の人ももう次の客が来るこ
とをあきらめたらしく、中に入っていて姿は見えない。私が信頼されている証
拠でもある。
「それだって‥」
「それに何といってもお金がいっぱいもらえる。言うことないじゃん」
 私は唐揚げを一つ食べた。ヒトミはやや呆然としている。

「大抵の人間はそうじゃないの?ヒトミちゃんはどうなの?」
 ヒトミが「私は‥」と言ってから間が空く。カウンターの向こうの換気扇の
音が妙に耳に届く。
「ああ、別に言いたくなかったらいいよ。他人の動機なんてあんまり興味ないし」
 私は麺をすする。相変わらず、上手いともまずいともいえない味だ。
「じゃあ、なんであのお店に‥?」
「それは何となくかな?しいて言えば、ケイちゃんの人柄が好きだからかな?」
「え?」

74 :- 5 -:01/11/10 10:26 ID:iXYPpdN9

 ヒトミは驚いた表情を見せた。
 ムリもない。”マリア”で働きたい人間はケイとはまずあの暗がりの中での
対面する。吊り上がった猫のような目が色の付いた照明のせいで無気味に光り、
まず恐怖を覚える。そして、ちょっとドスの入った(これは作っているらしい)
声で再び恐怖を感じる。それにケイは一度こう脅す。

「カラダがどうなっても責任は取らないからね」

 多分温室育ち(私が勝手に決めたことだが)のヒトミにはただ怖い人間にし
か見えないだろう。

75 :- 5 -:01/11/10 10:30 ID:iXYPpdN9

「ケイちゃんって見かけによらず、お茶目なところがあるんだよ」
 さりげなくケイをフォローしておいた。今後あの店で働くためにケイのこと
を忌み嫌っているようでは仕事の内容がどうとか言う前に辞めてしまうだろう。
「そ、そうなんですか?はぁ‥」
 ヒトミは理解し難いといった感じで曖昧に頷く。
「ま、温室育ちのあなたにはわからないかもしれないけどね」
 さりげなくカマをかけてみる。
「そうですね‥」
「あ、やっぱりそうなんだ?」
「は?」
「結構、ヒトミちゃんって裕福に育った人間でしょ?」
「裕福って?別に私、そんな風に思っていないですよ」
「ヒトミちゃんて両親から愛されてる?」
「‥はい」
 一瞬作った翳と静寂をすぐに消しながらヒトミは頷く。
「子供の頃、クリスマスとかにプレゼントもらえた?」
「はい」
「お父さんとお母さん仲いい?」
「‥はい」

76 :- 5 -:01/11/10 10:32 ID:iXYPpdN9

 ヒトミの表情が少しずつ消えつつあることがわかった。目線が何かに押し潰
されそうになったようにどんどん落ちていく。
「ごめんごめん、やめよう」
 他人のことに興味はないと言っておきながら何質問しているんだろう?と思
い、これ以上質問するのはやめた。でもそんな矛盾に頭をかしげている心情を
ヒトミは感じることもなく、ただ無表情に私の喉元を見ていた。
「ま、まあでもそんなこと関係ないから。とにかく続ける気あるの?」
「‥‥」
「がんばれる?」
 無言で内部の葛藤と闘っているようなヒトミを今度は少し諭すように聞いた。
 ようやくヒトミは目線を上げた。
「はい。がんばります!」
 ヒトミに感情の息吹が吹き込まれる。
「そんなに気合入れなくてもいいって」
 耳元で大声をあげたので私は思わず自分の耳を抑えた。そして、ほんのちょ
こっとだけヒトミがあんなところで働く理由を知りたくなった。まあ、おそら
く両親が借金をしているからという典型的悲劇パターンだとは思うが。

77 :- 5 -:01/11/10 10:45 ID:iXYPpdN9
 ガラガラガラと私たちの後ろから扉が開く音がした。別のお客さんが来た
ようだ。どかた姿のおじさんと金髪の兄ちゃん。ココの近くで工事でもしてい
るのだろうか。
「おじさ〜ん」
 一向に店に現れない店長を大声で呼ぶと、目をしばたかせながら店長は現れた。
どうやら眠っていたようで少ない髪の毛が”ゲゲゲの鬼太郎”のようにピーン
と数本立っている。
「ごちそうさま」
 私はそのままお金を置いて、ヒトミを促して店を出ることにした。別に恥ず
かしいワケではないが、あんまりこういう人たちに注目されるのは気分がよく
なかった。
「サヤカさん」
 のれんをくぐってからすぐにヒトミは私の脇に肘打ちする。横を見るとヒト
ミは自分の財布を見せ、お札を出す仕草をした。私はヒトミにおごってもらう
約束だったということをすっかり忘れていた。少し赤面しながら手を差し出し、
1500円をもらった。

78 :- 5 -:01/11/10 10:48 ID:iXYPpdN9

 そのまま、私たちは別れることになった。ヒトミはしばらく”マリア”に働
くことになるだろう。でももうこういう風に食事に一緒に行くことはないだろ
う。私が誘うことは絶対ないし、もし誘われたとしても断るつもりだからだ。

「じゃ、さよなら」

 私は「またね」とは言わなかった。
「今度一緒に御飯食べる時は、本当の理由を教えてくださいね」
 私の心根を翻すようなことを、ヒトミは深くお辞儀をしながら言った。朝も
やの中晴れ晴れとした顔を見せるヒトミに対し、私は二度とないと決めつけた
食事の約束をされたようで「何?」と不快さを顔で表す。

79 :- 5 -:01/11/10 10:54 ID:iXYPpdN9

「だから、あの仕事をしている理由、もっと付き合いが深くなったら教えてく
ださい」
「何言ってんの?」
「私、何となくわかるんです。サヤカさんて本当は性を売り物にする人間じゃ
ないと思う。それにお金に執着があるとは思えないし」

 私は取り立て屋の兄ちゃんみたいに腹立ち半分に顔をしかめた。
「それって、ケイちゃんの言葉?」
「違いますよ。確かにケイさんは同じようなことを言ってましたけど、私もそ
う思ってました」
「そんなことないって」
「そんなことないです」
 ヒトミは”結構”ではなく”かなり”ガンコな人間だと修正した。私は一つ
息をつく。

80 :- 5 -:01/11/10 10:56 ID:iXYPpdN9

「わかった。じゃあ、今言うよ。だからもう外では会わないよ。もともとこう
いうのってキライなんだ」
「え?いいんですか?」
 朝がもうすぐやってくる。世界にとっての一日の始まりを見られたことが私
の口を軽くしたのかもしれない。
「一度しか言わないよ。私ね‥」
 ヒトミはツバを飲み込んでいた。2、3度大きくまばたきをしていた。

「愛のないセックスがしたいの」

 どこまで信じてくれたのかはわからないが、これは私の紛れもない本心だった。

81 :  :01/11/10 11:10 ID:iXYPpdN9
-3-以前    >>2-42
-4-(前回) >>48-62
-5-(今回) >>66-80

まだ展開が掴めない段階だとは思いますが、面白いと一人でも言ってくれて
嬉しいです。読んでる側としては「はぁ?」ってところだとは思うのですが。
ということで、また。

82 :- 6 -:01/11/11 23:46 ID:XAYedYgu

-6-

 夢を見た。

 不思議でもなんでもない、昔はいつものように見ていた夢だった。
 そして、それは私が待ち焦がれていた夢。
 私という人格を形成した大切な夢。

 登場人物は二人。
 私と私と背丈が同じくらいの少女。他の人間は今まで一人も出てきていない。

 この世界は永遠に私とその少女だけ。

 遠い彼方に少女がいる。次の瞬間消えるのではないかと思うくらい、存在
が薄い。だから私はまばたきをすることさえ恐れてしまう。
「なんで毎日出てくれないの?」
 私は少女の透明に輝く瞳に向かって聞いた。
 出会えたことの喜び。それとともに生まれる喜びの持続への欲求、消滅への
不安。

83 :- 6 -:01/11/11 23:50 ID:XAYedYgu

 真っ白な大地に真っ白な雲、そしてなぜか真っ白な空。
 空際がはっきりせずに、どっちが天でどっちが地なのか次の瞬間、見誤って
しまいかねないような白一色の不思議な空間。
 少女はその低く浮かんでいる真っ白な雲の上に座って、私を見下ろす。
 ネグリジェのような軽そうな白い服を着て、黒いはずの長い髪が空を覆う色
のない光に照らされて白く輝いている。少女はその髪を風にたなびかせて私の
方を見ながらフフフと笑っている。

「違うよ。サヤカが出て欲しくないって思っているからだよ」

 ポツリとつぶやく声は私の耳を介さずに直接脳に届いたような強い振動をも
たらす。
「私はずっと思ってる!だから!」
 涙腺が緩んだのか、目の前の光景がぐしゃりと歪んだ。
「ホント?」
「うん!」
 少女は背中には羽根があるのか、ふわりと宙を舞うように私の元にやってき
た。私と少女の距離は遠かったはずなのに、一瞬で私の目の前に現れた。

84 :- 6 -:01/11/11 23:51 ID:XAYedYgu

 白なのか透明なのか判断の難しい輝く肌が私を狂わせる。
 少女は口元を緩めるだけで無言のまま私を抱きしめた。一連の静寂の中、パ
サッという長い髪が一度宙に浮き、また落ちる音を抱擁に溶け込まれていく中で
聞きながら要求した。

「ね‥え。キスして‥」
「‥うん」
 少女は処女の匂いを浮かせながら、私の肩を一度掴む。目と目が合って、私
は更なる悦楽の境地に引きこまれる。

85 :- 6 -:01/11/11 23:54 ID:XAYedYgu

 そのまま少女は私にキスをした。

 柔らかい唇。私に巻きついた手。そして相手を通して感じる私の高なる鼓動。
 ココロもカラダも存在の全てを奪われていく。
 高揚しているのに羊水に包まれたような穏やかな眠りに身を沈めようしてい
る、そんな不思議な感覚。

「どう?」
 耳元で囁かれる甘くちょっと切ない声。
 私は「感じる」と素直にうなずいた。

 何のことはない。
 ただのキス。ただのハグ。
 私がいつもやっていることに比べればてんで薄い行為。

 それなのに私は感じていた。
 この子と最後までやったら、私はどんな境地に辿り着けるのだろう?

86 :- 6 -:01/11/11 23:57 ID:XAYedYgu

「‥お願い‥」
「何?」
「エッチしたい‥」

 柔らかい少女のカラダが一瞬だけ固まったような気がした。少女はその私の
願いを拒絶するように私から離れた。
「エッチはしたくない。カラダなんてキライだから」
 抑揚のない声がいつも私を絶望に突き落とす。少女は私を憎物の対象である
かのような蔑んだ目をする。
「でも‥今はキスしてくれた‥」
「別にキスしてないよ。サヤカがそう、勝手に妄想しているだけ」
「妄想‥って」
「だってココは仮想の世界だもん。すべてはあなたが勝手にイメージしてるだ
け。ホントはそんなもの存在していないの」

87 :- 6 -:01/11/11 23:59 ID:XAYedYgu

 じゃあ、その甘い旋律を残す不思議な声も目に映る透明な肌も、このキスの
感触も、触れたカラダの柔らかさも胸の高鳴りも、そしてこうやって性の律動
の感覚も全部ウソだって言うの?

 口に出したりはしなかった。しかし、そんな私の思考を全て見抜いたかの
ように、少女は莞爾として笑った。

「私たちを結びつけているのはココロだけ」

 再び少女は私を抱きしめた。優しくて柔らかくて、私の性感帯さえも揺さぶ
る。でもこれも少女から言わせると”ウソ”で、私が妄想しているだけなのだ。

 私は瞼に浮かんでいた涙を惜しまなく流した。無力に苛まれる涙だった。
「お願い、教えて。私はどうしたらいいの?どうしたらこんな気持ちから解放
されるの?」

 触れたい。
 感じたい。
 キスしたい。

 ココロからそう思えるのはこの子だけ。
 だけど、この子は許してくれない。
 その存在自体を認めてはくれない。

88 :- 6 -:01/11/12 00:01 ID:FPksArfp

「カラダはいらない。ココロが欲しい」
 少女は同じようなことを繰り返した。
 そんなの答えになっていない。だけど、私はうなずくしかなかった。

「せめて‥名前だけ教えて‥」
 私は聞いた。知っているはずなのにまた聞いてしまった。夢の中というのは
時間という概念すらなくて、思考その他、物事が全て輪廻するのだろうか?
 少女は微笑んだ。透明な光に抱合された微笑み。この笑みもウソだって言う
のだろうか?

 だとしたら、この夢の世界に真実なんていうものがあるのだろうか?

 そして少女はゆっくりと口を開いた。

89 :- 6 -:01/11/12 00:05 ID:FPksArfp

 目が醒めるとカラダ中汗まみれだった。まだ夏には早いというのに下着はぐ
しょぐしょに濡れていた。

 深呼吸してからおもむろにパンツの中を自分でまさぐる。汗とは違うねっと
りとした液体が手についた。その手を自分の鼻の頭に持っていく。

「やっぱり感じていた‥」

 少女に埋もれた私の存在が目に焼きついている。何らかの究極の形に思えた
ことも、こっちの世界にくると途端に自嘲に変わる。

 やっぱり私は日本一の変態だ。
 同性にでももちろん異性にでもない。アニメオタクのような2次元のキャラ
にでもない。

 私は無次元の少女に性欲を膨らませているのだから。

90 :- 6 -:01/11/12 00:10 ID:FPksArfp

 壁に掛けられている何の変哲もない時計を見ると、朝の9時を過ぎていた。
 物音が全く聞こえないところから察するにマリはもう学校に行った、もしく
は帰ってきていないようだった。

 自分の愛液の匂いが鼻を襲う。
 朝だというのに私は衝動が抑えられなくなる。ココロとカラダは離れられな
いことを再認識する。絶対あの子の願いは叶えられないと思う。

「ごめん‥」

 誰に向かって呟いたのだろう?
 自分でもわからないまま、カラダの疼きに任せてオナニーをした。
 全身汗だらけのカラダは異常に感じ、目の前のシーツを噛みながら何度も
喘いだ。

91 :- 6 -:01/11/12 00:15 ID:FPksArfp

 まだおぼろげに脳裏に残っている夢の中の残影を想起しながら、私は数分間
の悦楽に溺れた。

そして、

「マキ‥」

 最後に夢の中の少女が言った名前を、淫らに喘ぐ吐息に紛れて呟いた。

92 :  :01/11/12 00:21 ID:FPksArfp
-4-以前    >>2-62
-5-(前回) >>66-80
-6-(今回) >>82-91

呼び方が実際と違うのがつらいところです。

93 :あみ(略:01/11/12 01:22 ID:wJptOtj2
凄くいいですよ!頑張ってください。

94 :あみ(略:01/11/12 01:23 ID:XSl1VzH9
ごめんsage

95 :あみ(略:01/11/12 23:50 ID:g52ciUXi
保全

96 :ねぇ、名乗って:01/11/13 01:13 ID:VjyQdsPr
いちごまの新しい形か?

97 :名無し募集中。。。:01/11/14 01:28 ID:qkJbJF2o
(・∀・)イイ!

98 :あみ(略:01/11/14 13:19 ID:a3LoSKQ3
続き期待!

99 :名無し募集中。。。:01/11/14 16:07 ID:b+KwB1rh
今週号のフラッシュ見た?
真っ白な背景で撮られた後藤がむちゃくちゃここの後藤と似てるなと思っていたら、
【「純白」のバーチャル宇宙(ワールド)への誘い】
と書かれてました。
作者さん、スゲエ!!

100 :ねぇ、名乗って:01/11/15 14:29 ID:dlaOA0m3

そろそろ24時間保全
 

101 :あみ(略:01/11/15 16:35 ID:FG0bFrIq
まだかな〜♪

102 :  :01/11/15 20:37 ID:3HXrLIP+

少し悩んだのですが保全等してもらいたいのでレスします。
短くしたいのでレスが淡白になるでしょうし、気まぐれになるかもしれない
のでそこのところはご容赦ください。
>93-95 98 101 保全ありがとうございます。長めの更新ですがよろしくお願いします。
>96 元々いちごま系の人間ですが、今回はいちごまにはこだわないでほしいです。
>97 どうもっす。 >98 期待に添えられるようがんばります。
>99 元々後藤は白が好きとか言ってましたからね。現在壁紙です(w。
>100 あ、100‥。

103 :- 7 -:01/11/15 20:45 ID:3HXrLIP+

-7-

 マリはいなかった。

 テーブルの上に置いてあるものが私が寝る前に見たものと同じだったこと、
布団がきっちり畳まれていることなどから考えて、マリは帰ってきてさえいな
いようだ。
 そういう日もよくあるのだが、その時には大抵携帯に留守電、もしくはメー
ルが入っている。今回はそれすらなかった。

 まあ、メールを送ったのになかなか届かないということもあるので多分、そ
ういうことだろうと楽観視した。
 電話をしようとも一瞬思ったが、別に帰ってこないことが異常事態というほ
どでもないし、もしかしたら朝からいろいろヤっているのかも?と頭をよぎっ
たのでやめることにした。

 私はマリのいないモーニングをいつも通り、穏やかに過ごした。

104 :- 7 -:01/11/15 20:58 ID:3HXrLIP+

 マリが帰ってきたのは正午を過ぎてからだった。
 コンビニへ行って、鮭とシーチキンのおにぎりを一つずつ買って昼食を済ま
せたばかりだった。もう十分ほどしたら出かける予定だった。
「お帰り」
 目も合わさずに素っ気なく言う私に、
「ただいま」
と同じく素っ気なく返してくる。

 いつもと違いトーンが低かった。朝帰りという負い目でも感じているのだろ
うか。「遅いよ」と一言声をかけようとマリを見ると、その姿に違和感を感じ
た。そしてその原因が服装であることにすぐ気づいた。
 ほころびダブついたジーンズに白のジップアッププルオーバータイプのトレ
ーナー。
 ジーンズは似たようなものがいっぱいあるので何ともいえないがこの少し、
もさっとしたトレーナーは見たことがなかった。昨日の服装とは明らかに違っ
ていたし、何よりマリの好みには合っていないような気がした。
 おそらく彼氏のものなのだろう。全体的にマリのサイズより二周りも大きそ
うなサイズだった。

105 :- 7 -:01/11/15 21:06 ID:3HXrLIP+

 とにかく深く詮索することではないと思った。
 どう見てもまだ食事を摂っていなさそうだったマリに、
「お昼御飯作ろっか?」
と訊ねる。しかし、マリは「ううん」と言った。
「眠いし寝る」
「学校は?」
「今日は疲れたし休む」
「あっそ」

 淡々とした会話の中、すれ違うマリの顔を追う。どことなく沈んだ顔をし
ていた。

 彼氏とケンカでもしたのだろうか?
 単純な思考回路だけどそうとしか思えなかった。

106 :- 7 -:01/11/15 21:08 ID:3HXrLIP+

「じゃあ行ってきま〜す」
 支度を済ませ、隣りの部屋にいるマリに向かって声をあげた。私が出かけ
る時に、マリがいるなんてめずらしいことだったのでヘンな感じだった。

 返事はなかった。多分もう寝ているんだろう。
 昨日はオールナイトだったのかな?なんて下世話な想像もした。だけど具体
的な想像はしたくない。それは親とか姉妹とか近親のそういうシーンを見ると
激しい嫌悪を覚える感覚と同じなのだろう。
「今日は早く帰ってくるからね!」
 一応言ってはみたが、マリには届かなかったようで返事はなかった。

107 :- 7 -:01/11/15 21:19 ID:3HXrLIP+

 太陽がしっかりと大地を照らす時に歩くのは何て気持ちがいいんだろう。
 空気が夜よりも軽くて、歩くたびにカラダをふわふわ浮かせてくれている
ような感じがする。そして夜に行動することがどこか世の中を上から見てい
る神様からコソコソ隠れていることのように思え、恥ずかしくなった。別に
神様なんて信じているワケじゃないんだけど。

「おはようございま〜す」
と私は昼モードの笑顔で語尾の伸びた挨拶をする。
 向こうからも「おはよう」と返事が来た。
「今日も暑いねえ」
「ホントホント。でもココは天国だべ」

 赤い制服に紺のスカートを着た相手は笑っていた。
 背が私よりも小さくてちょっとだけ太っている、この春上京してきた女の子。
あまりに純粋すぎて年上なのについ子供扱いしたくなる。こういう子は私の棲
む世界とは無縁の子なんだろう。大体、オナニーとかをするのだろうか?
 そんなことを考えている自分に気づくと、私は自分の頭をゴツンと叩いた。
 昼モードにまだ完全にはなっていない。

108 :- 7 -:01/11/15 21:24 ID:3HXrLIP+

「どうしたの?」
 フロントに立つ女の子―名前はナツミという―が心配そうに聞く。私は慌て
て「なんでもない」と言った。
「今日もカッコいいね」
 肩口まで伸びた髪をまとめてバレッタで止めた髪型、耳に左右1つずつピア
スをつける。
 私は年以上に大人っぽく見せていた。一方ナツミは濃淡のはっきりしない田
舎臭い化粧をしていて子供っぽい。いや、もしかしたら化粧すらしていないの
かもしれない。

「サヤカって年下には見えないよ」
「私もナッチが年上には見えない」
 そう言うと一緒に笑った。ナツミは「ナッチ」と呼ばれている。自分でも言
っている。最初はヘンな感じがしたがナツミの無意識の自己主張なんだろう。
しばらくするとすぐに慣れた。

109 :- 7 -:01/11/15 21:26 ID:3HXrLIP+

「今日お客さん、いっぱい入ってる?」
 私は受付フロントの内部を覗いた。盛況だったらクリップが付いた伝票が所
狭しと並べられているはずだ。

「まあまあこれでも多い方やなぁ。カラオケブームも去ったからしゃあないわ」

 ナツミに尋ねると、フロントの後ろにある厨房から一人の女性が顔を覗かせ
た。この店の店長だ。髪の毛は基本的には黒くしなければいけない規則なのに
自分は金髪。そして、私たちには金髪を許さないという横暴な店長だ。

「ユウちゃん、もう来てたんだ」
「コラ!店長に向かってユウちゃんはなんや。”ちゃん”付けはやめぇや」
「じゃあ、ユウコ」
「それも却下。なんで17の小娘に呼び捨てにされなアカンねん」

 眉間に皺を寄せて、ユウコは頬を膨らませる。確か20代後半なはずだが年
に似合わず、綺麗というよりかわいいと表現するほうが的確だ。
「そんな顔してるとまた皺が増えるよ、ユウちゃん。もう三十路なんだし」
「オイ!まだ28や。何言うとんねん」
 振り上げる手を私はヒラリとかわし、
「じゃ、着替えてきま〜す」
と言いながら逃げた。

110 :- 7 -:01/11/15 21:31 ID:3HXrLIP+

「おはようございま〜す」
 ナツミの着ているのと同じ、赤色のはっきり言ってダサい制服に着替えた私
はあらためて、挨拶をするとそこにはナツミとユウコともう一人いた。
「お、カオリじゃん。ヒサブリ」
 160cmをゆうに超える長身で、幻惑的な黒い髪の持ち主の女性が見えて、
思わず声をかけた。
「久しぶり。元気にしてた?」
 カオリはどこか抜けている少女で年はナツミと同じ二十歳。そしてナツミの
幼なじみだ。ちょっと前まではよくこのカラオケ”三日月”(スナックのよう
な名前だけどいたって健全)で働いていたが学校が忙しくなったのか最近は月
に2、3回しか入っていない。その2、3回にたまたま私と被らなかったこと
で2ヶ月近くもカオリとは会っていなかった。今日も被っていなかったはずな
ので単に遊びにきたのだろう。

111 :- 7 -:01/11/15 21:36 ID:3HXrLIP+

「それよりさあ、これ見てみ」
と、フロントの下に設置されたモニターを指差した。
 ナツミもユウコもモニターを見ている。
「ちゃんと仕事してくださいよ」
 呆れる私に聞き耳を立てずにナツミもユウコも釘付けになっていた。
 ユウコはヨダレを垂らしかねないくらい卑猥な笑みを浮かべていた。
 ナツミは恥ずかしそうに、でも興味津々らしく顔を手で覆い、「いやだべさ」
と呟きながら、指の間からしっかりとその目はモニターを捉えていた。

「どうしたの?」
 モニターを覗く。そこには重なっている二つのカラダがあった。
 このモニターは部屋を監視するもので、全ての部屋につけられている。もち
ろん、声は聞こえないし、画面も白黒だ。
「ありゃあ、やってるね」
 私が普通に言うと、ナツミはこっちの方を見て、
「恥ずかしい」
と口を尖らせた。

112 :- 7 -:01/11/15 21:39 ID:3HXrLIP+

「しかし、こんな真昼間っからお盛んだね〜。サボリ学生かなぁ」
 ユウコが言うとナツミは、
「でもさあ、両方とも女だったような気がするんだよね」
と言った。
「マジ!レズ?」
 私は一瞬ドキリとした。そして、マキの曇りガラスのフィルターがかかった
顔を思い浮かべる。
 ナツミは立ち上がり、フロントに置かれている”ルーム表”を見た。この表
にはどの時間に、どれくらい、どの層のお客が入っているかを書くことになっ
ている。
「やっぱり、女二人だ」
 ナツミはそれを見るなり言った。
「女っぽい男だったんちゃうん?」
 モニターを凝視したままユウコは言う。男か女かはフロントの人が見て判断
するもので、当たり前だけど「あなたは男ですか?」なんて決して聞かない。
だから、男か女かわからない人種が増えている昨今、間違える時だって多々あ
るだろう。

113 :- 7 -:01/11/15 21:42 ID:3HXrLIP+

「う〜ん、そうかなぁ。確かに二人とも女の子だった気がするんだけどなぁ」
 首をかしげるナツミをよそにカオリは、
「おぉ〜、悶えてる悶えてる」
と、乾いた唇を濡らすように舌なめずりして言った。
「カオリもそんな恥ずかしいこと言わないでよ」
 ナツミが言う。その言葉すら恥ずかしいのか?と私は苦笑し、その純粋さに
少しだけ羨望した。

 白黒で顔とかはよく見えなかったが、やっていることははっきりとわかる。
下になった女の子は下半身を脱がされ、上半身も胸の上までまくられて、乳首
がツンと立っているのがうっすらと見える。

「結構乱暴な彼氏だよね」
 私は言った。
 上の男(ナツミは女と主張するがそうは見えない)は両の手首を乱暴に掴み、
下の女はイヤそうに首を何度も横に振っている。いや、そういうことが楽しい
のかもしれない。つまり男が典型的Sで女がM。
 イヤイヤと言いながら実はそうしないと萌えない人間たちだっているのだ。

114 :- 7 -:01/11/15 21:44 ID:3HXrLIP+

 男は女の下半身に顔をうずめはじめた。女のスレンダーな足が小刻みに痙攣
しながら宙に浮く。くびれた腰がはっきりと見える、かなりエッチな体型の持
ち主だ。

 ふとナツミを見た。イヤと言っていたナツミも結局はモニターを凝視してい
る。多分、彼氏もいないし、もしかしたらオナニーも知らない少女なんだろう
けど、もちろん性欲はある。
 今こうやって未知の世界を見るような視線を注ぐナツミの胸とかアソコとか
を触ってみたくなった。もしかしたら濡れているかもしれない。

115 :- 7 -:01/11/15 21:46 ID:3HXrLIP+

「しかし、汚らわしいよね。こんなコトして‥」
 ナツミは目は一点に集中させながら嘆息した。それを聞いて、隣りにいたユ
ウコはモニターを見つづけたまま、
「エッチは崇高なもんやで。愛するもの同士がその愛を確認するために行う神
聖なもんや」
と呆れ気味に主張した。

「でも‥」
「だから、それを売り物するのは許せんねん。この子たちはおそらくお互いが
好きなんやろう。じゃあ、すばらしいことや。汚らわしいなんてことは絶対ない」

 官能を堪能し、性情が血液の巡りを早めているはずのユウコから生まれる聖
性の水を浸したような言葉に私は小さな憧憬の念を抱いた。と同時にそれは私
のことを100%否定していることだったので、えらく胸を貫いた。

 もし、ユウコの保有する聖なる部分に触れたとしたら、私は跡形もなく溶け
てしまうだろう。そんな日が来ないことをひたすら願った。

116 :- 7 -:01/11/15 21:48 ID:3HXrLIP+

 ピンポーンと市役所や郵便局の窓口でよく聞くような間延びしたチャイムが
鳴った。これはお店の前の扉に設置されたセンサーで、自動扉が開く直前、つ
まりお客が来る直前に鳴るようになっている。
「はいはい、お客さん来たで」
 ユウコがパチパチと何度か手を叩いた。
「いらっしゃいませ〜」
 最初に言ったのは私でナツミが後に続いた。カオリは制服じゃないので、そ
そくさとフロントの奥にある事務室に入っていった。

 そして、ユウコは相変わらず客に構わず、モニターを凝視していた。

117 :- 7 -:01/11/15 21:52 ID:3HXrLIP+

 それからは近年稀にみる忙しさになった。
 別に夏休みってわけじゃないのに、平日昼間にこんなに客が入るのは珍しか
った。私がココを続けている理由の一つとしてラクなこともあったのに、この
忙しさが続くようだとやってられない。

 午後5時まで、私とナツミとユウコの三人でやっていく予定だったのだが手
が回らず結局カオリの手も借りることになった。後日談だが、ユウコはそこの
ところは義理固く、「いらない」というカオリを無視して、一日分の給料をカ
オリに手渡していたようだ。

 いつもは暇なので分業制ではなく、私たち4人でフロントでお客を部屋に入
れ、厨房でオーダーを作り、各部屋に持っていくということを全部しなければ
ならない。
 今日は基本的には私がオーダーを持っていく係りになり、いろんな部屋を飛
び回るようになった。

 ある時、オーダーを持って行き終え、フロントに戻った時に、「ありがとう
ございました〜」というナツミの声が聞こえ、反射的に私も、
「ありがとうございました」
とただ適当に言った。
 このセリフはもうほとんど条件反射だ。
「ナッチ、おつかれ」
 お盆を脇に抱えながら充足感を胸に爽快な汗を拭い、ナツミに言う。フロン
ト業務につきっきりでほとんど足を動かさなかったナツミも汗をかいている。
別に太っているからというワケでもない。

118 :- 7 -:01/11/15 21:54 ID:3HXrLIP+

「サヤカ、あれ」
 厨房に入ろうとする私をナツミは呼び止め、入口の扉を指差した。何?と言
うまでもなくその方向に目線を向けると出て行ったばかりと思われるカップル
の後ろ姿がガラス越しにあった。
「あのお客が‥どうしたの?」
「ほら、さっきモニターで見てた‥」
「あ、あのエッチしてた?」
「う、うん」
 ここでもどこか恥ずかしげにナツミはうなずく。どんな人間だったのかこの
目でちゃんと見てみたかったのでしまったと思った。だからといって追いかけ
て顔を見るわけにはいかない。
「どんなカップルだったの?」
「それがねぇ、やっぱり両方女だったよ」
「は?」

119 :- 7 -:01/11/15 21:57 ID:3HXrLIP+

 後ろ姿を見る限り、身長を含めて体格差があった。だから一度後ろから見た
だけでは普通の男女のカップルに見えた。
「ナッチって人を見る目ないからねぇ」
 私はあまりプライベートまでナツミと付き合いはなかったがそれは正しいと
思う。ナツミはおっとりとした性格のせいか洞察力が人より劣っている気がする。

「何だべさ、それ」
「ナッチ以外見てないの?」
「うん。ユウちゃんたち、忙しそうだったからね。厨房から呼べなかった」
「ふーん。ともかく片付け行ってきます」
「ちゃんと消臭して〜なー」
 厨房の奥からユウコの声が聞こえてきた。
「わかってま〜す」
 私は消臭剤を片手にエッチしていた部屋に行った。

120 :- 7 -:01/11/15 21:59 ID:3HXrLIP+

「なんやってん、今日は‥」
 ユウコのひどく疲れた驚き混じりの声。今日の忙しさを端的に表した言葉だ。
「大変だったねぇ。いやぁ、腰が痛い」
 自分でいれたインスタントのコーヒーを幸せそうに飲みながらナツミは言う。
 どうやら一段落したみたいで、休憩ルームで腰を落ち着かせる時間が作れた。
トラブルもほとんどなく、忙しいだけでその日は終わりそうだ。そして、今日
は夜の仕事がなくてホントに良かったと思った。こんなに疲れてるとまともに
多種のペニスの相手はできないかもしれない。

 カオリは時間がないらしく、つい10分前、一言私に声をかけたあと帰って
いった。
「”昼一”からあんなことがあったから不吉な予感はしててん」
 マイセンのスーパーライトをくわえながらユウコは言った。まだ火はついて
いない。

121 :- 7 -:01/11/15 22:01 ID:3HXrLIP+

「あはは、また来るかもよ」
「なんで?勘弁してほしぃわ。絶対、あいつらやでこんなに忙しかった原因は」

 忙しいのは嬉しいことなんじゃ?と思いつつも、口にはしない。
 ユウコはこういう人なのだ。お店の繁盛なんて願っていない。ただ、ラクに
暮らせればいいのだ。逆にこういうとこういう組織とか金欲にへつらわないと
ころが私は好きだったりする。
「変なカップルだったねぇ」
 ジッポのライターでタバコに火をつけるユウコ。特有の油の匂いが場を包んだ。
「うん、それにね、ホレこれ見るっしょ」
 ナツミはポケットの中から伝票を取り出す。
「あのお客さんの伝票?」
「うん、オーダー見て」
 すると、頼んだものはアップルジュース二つに、ゆで卵が6つと書かれてあ
った。
「ゆで卵6つ?卵は1日2個までやで」
 ユウコは健康志向の主婦のようなことを言う。
「うん、それにメニューにないベーグルまで頼んできたんだよ。そんなの普通
の店にあると思う?」
「変なお客さんだね、確かに」
 私は腕を組みながら首をかしげた。

122 :- 7 -:01/11/15 22:04 ID:3HXrLIP+

「ところで、ナッチ。なんでまた来るかもと思うん?」
 ユウコは聞いた。
「だって、これ忘れていったもん」
 ナツミがポケットから取り出したのは携帯電話。私が部屋を片付けている時
に見つけたやつだ。
「もしかして、例のカップルの忘れ物?」
 ナツミは小さく首を縦に振り、ふと気付いたように今度は首を横に振る。
「だからカップルじゃないべ。女の子二人だもん」

「ナッチが言ったことがホントだったとしても、エッチしてたんならカップル
だべ」
 タバコの煙を吐き出しながらユウコは”ナツミ語”を言った。

「真似せんといてーな」
 今度はナツミが頬を膨らませながら”ユウコ語”を言う。でもこっちは下手
だった。

123 :- 7 -:01/11/15 22:06 ID:3HXrLIP+

 携帯電話が鳴ったのはナツミがいれてくれたコーヒーを飲み干した直後だった。
 「ひゃあ!」とびっくり箱でも見たかのように驚くナツミ。発信源は手に持っ
ていたカップルの忘れ物だ。持っていたナツミがそのまま出た。

「はい、もしもし。あ、はい‥三日月です‥はい‥お預かりしておりますので
‥はい‥はい‥それじゃあ、確かに‥」

 電話を切るのを確認してから、私は聞いた。
「取りにくるって?」
「うん、今日はムリだけどあさってにだって」
「へえ。携帯をあさってまでほったらかすのか。めずらしい。あ、でもラッキー。
あさって入ってるや」
 私は好奇心に胸を膨らませながら言った。
「私も来なアカンなぁ、ゆっくりしてこようと思ってたのに」
 ユウコは私よりも興味津々に言った。

124 :- 7 -:01/11/15 22:10 ID:3HXrLIP+

「別にムリしなくていいよ」
「だって、レズカップルなんてそうはお目にかかれんで。楽しみやんか」
「来るのは一人だけかもよ。そうそうナッチ、その携帯の持ち主の名前教えて
よ。万が一ナッチがいなかったときに当人が来たら困るし」

 するとナッチはルーム表を見にフロントに走る。
「え〜っとねぇ、”ヨシザワ”さんだって、覚えといてね。おー、アレで16か。
大人っぽいなぁ」
「下の名前は?」
「書いてない」
「ふーん‥」

 聞いたことのない苗字だった。おそらく生まれてこのかた、”ヨシザワ”と
いう名前の人間と会ったことはないはずだ。

 しかし、なぜかその名前は脳裏に深く焼きついた。

125 :  :01/11/15 22:21 ID:3HXrLIP+
-5-以前    >>2-80
-6-(前回) >>82-91
-7-(今回) >>103-124

>102 のレスでいきなり文章が変だし。鬱だ‥。
ということで新キャラ登場です。

126 :あみ(略:01/11/16 00:10 ID:ZUR90CF4
お疲れ様です。楽しみに待っておりました。次章も期待しております。

127 :ねぇ、名乗って:01/11/17 00:12 ID:FInoYY40

24h経過保全
  

128 :ねぇ、名乗って:01/11/17 15:49 ID:Y8HiA35r
まってるよ

129 :ねぇ、名乗って:01/11/17 15:52 ID:sigMFM/S
さげ

130 :  :01/11/17 16:27 ID:TpiO28JI
>126 まいどです。”章”というほどでもないんですがね。
>127 ありがとうございます。
>128 はい。お待たせいたしました。
>129 ありがとうございます。sageてくれた方が嬉しいです。

というわけで更新です。

131 :- 8 -:01/11/17 16:28 ID:TpiO28JI

-8-

 ナツミと一緒に御飯を食べに行くのは初めてだった。

 基本的に私はカラオケのバイト仲間には隠している夜の仕事があったし、な
い日でもナツミと終わる時間が一緒になる日はほとんどなかったので、「じゃ
あ御飯一緒に食べない?」という流れになることはなかった。

 今日もナツミが6時上がりで、私は7時上がりと終業時刻は違っていた。
 しかし、6時に上がった時にナツミは「今日空いてる?」と私を食事に誘っ
てきた。レズ疑惑事件があったからか、今日のナツミは何かヘンだった。カラ
ダをソワソワさせ、フェロモンというのか無臭の匂いを出しているようだ。

 たまたま、夜は空いていたので断る理由も見つからずオッケーすると、ナツミ
は1時間タダ働きをしてくれた。ユウコは一緒に御飯に食べ行く私たちに対し
「いいなぁ」と羨ましげに呟いていた。

132 :- 8 -:01/11/17 16:31 ID:TpiO28JI

 私たちは近くの「びっくりドンキー」に入った。ちょっと雰囲気のあるファ
ミレスだ。そこで私は定番のチーズハンバーグ定食、ナッチはそれにプラスし
てミニパフェを頼んだ。

「今日はおつかれさま」
 すぐに出されたお冷やで私たちはカンパイをした。疲れていたのでアルコー
ルを飲みたい気分だったが、ナツミはもしかしたら、
「未成年だからお酒はダメ!」
と言う人間かもしれないと思い、自重した。

「ナッチは初めて?バイト仲間でこういうのって」
「うん、だから何となく嬉しいなぁ」
 ナツミは手に持っていた水を一気に飲み干した。中の氷がコップのグラスと
触れて、冷たい音を出す。勢いついでに通りすがった店員におかわりを申し出
ていた。
「ナッチってさあ、大学生だよね?学校行かなくていいの?」
 週に5回ぐらいも、昼に働いているナツミを前から疑問に思っていた。
「うん、だって暇だもん。バイトしてた方が楽しいし」
「そんなもん?私の友達に大学生いるんだけど、大変そうだよ。毎日学校行っ
てる」
「へぇ〜、そんなのめずらしいと思うよ。周りだって暇を持て余しているみた
いだし‥ってあんまり周りはいないけどね‥」

133 :- 8 -:01/11/17 16:37 ID:TpiO28JI

 自嘲気味にナツミは言った。
 ナツミは友達が少ないのだと察した。顔は結構かわいいし、男ウケしそうだ
が、何となく殻に閉じこまる性格のような気がする。

 出会ってから数ヶ月。
 未だにカラオケ店内以外では付き合いは皆無に近かった。店内ででもナツミ
は自分のことを話したがらないせいか、会話がどこか抜けている感じがしていた。

 ナツミはよく笑う。

 しかし、その笑顔はほんのちょっと付き合えば―バイト中だけの関係程度
でも―わかるくらい中身が何もなく、空っぽの嘆きを咆哮しているだけにも
見える。
 地方(たしか北海道の室蘭という田舎町)出身だし都会の目まぐるしく動く人
や情勢の流れにナツミは常日頃置いてけぼりを感じているのかもしれない。

134 :- 8 -:01/11/17 16:41 ID:TpiO28JI

 それとカオリの存在が大きいのだと思う。
 幼なじみとはそういうもので、依存度が強くなる分、周りに対して排他的に
もなる。
 私もマリという存在のせいで小学生、特に低学年の時代はそうだったような
気がする。
 私の場合は年齢が一つ違うこともあり、ずっと依存するワケにはいかなかっ
たが、もしそうでなかったらこんな風になっていたのかもしれない。

 別にナツミみたいにならなくてよかったとナツミを蔑んでいるのではない。
むしろ、ナツミみたいな純粋さを持っていたかったという方が私の本心に近い。
もちろんナツミの持つ”純粋さ”はそういう依存性から作られているワケでも
ないし、自閉的になるのはさらさらゴメンだが。

135 :- 8 -:01/11/17 16:45 ID:TpiO28JI

「サヤカ!」
 それは突然だった。

 チーズハンバーグ定食が二つテーブルの前に置かれ、一応上品ぽく、ナイフ
とフォークを器用に使っている時に、ナツミは大きな声で切羽詰まった時のよ
うに私の名前を呼んだ。不意をつかれた感じになったので私はかなり驚いた。

「な、何?そんな大きな声を出さなくても聞こえるよ」
 ナツミはナイフとフォークを天に向けながら真剣な目を私に向けた。
 いつものカラの笑顔ではない。値段が高いタイヤキのように頭のてっぺんか
らお尻までしっかり中身が詰まっている。
 何か意を決した風なナツミに呑み込まれるように、私の表情は驚きから緊張
に変わる。

136 :- 8 -:01/11/17 16:46 ID:TpiO28JI

「どうしたの?ナッチ、変だよ」
「ねえ、サヤカ。サヤカって処女かな?」
 こわばった瞳をさらにきつくする。
「はぁ?」
「彼氏とかいる?もしくはいた?エッチなことした?」

 テーブルの横を横切るおじさんも気にせずにナツミはまくしたてた。そのお
じさんの耳に届いたらしく訝しい目を私に向けた。私は気になって仕方がなか
ったので一つ咳ばらいをし、おじさんを離れさせた。

「何?いきなり?」
 ナツミに怪訝な表情で聞く。
「私ってやっぱ変なのかなぁ‥だってナッチ‥男の人と‥その‥ないし‥」
 ナツミは語尾をフェードアウトさせる。ナイフとフォークをテーブルの端に
置き、両手を自分の胸に置いた。
 びっくりドンキー特有のオレンジ色の暗い照明のせいで濃淡のはっきりした
ナツミの表情は心底暗そうだった。

137 :- 8 -:01/11/17 16:50 ID:TpiO28JI

「別に変じゃないと思うよ。そういう子ってかわいいと思うし」
 ナツミの緊迫した面持ちとは対照的に、私は平静に戻す。カチャカチャと音
を立ててハンバーグを6つに刻み、その一つをフォークで刺し、口に含んだ。

 ナツミは私の方を見ずに、俯いていた。
 年輪がきっちり入ったアンティークなテーブルにポタリと涙を落としている
のを見て、私は少しハッとした。

「ナッチね‥何かそういうのってなくって、すっごく怖いんだけど、ちょっと
羨ましいなって思うところもあって‥。ほら‥ナッチ、ちょっと太ってるっ
しょ?だからあんまり男の人にももてなかったし、ちょっと気になる男の子が
いた時もあったけど告白する勇気もなかったし‥」

138 :- 8 -:01/11/17 16:53 ID:TpiO28JI

 ナツミの弱々しい涙声に、不謹慎かもしれないけど少し苦笑した。
 なんだか二人の関係がおかしかったのだ。
 かたや、性を商売にするウリ女、かたや、キスの「キ」の字も知らないよう
な純粋無垢な大学生。普通なら接点は見つからない。
 そして、年は3つほどウリ女の方が下なのに、そっちが相談を受けている。

「セックスってね、やればいいってもんじゃないよ。本当に好きな人とやれば
いい。好きじゃなかったらしない方がいい」

 人に何かを教えるということをほとんどしたことがない私には悩める子羊の
ように救いを求めるナツミをすごく愛しく思った。つい、ナツミよりも何十年
も長く生き続け、ある境地を開いた人間のような口調になる。
 だけど出てくる言葉は私の生き方とは矛盾している。

139 :- 8 -:01/11/17 16:56 ID:TpiO28JI

 ナツミは少し涙が潤んでいた。私は続ける。
「本当はね、純粋に育っているようなナッチが少し羨ましいんだ。だからこの
まんまでいいと思うよ。ゆっくり大人になればいい」
「‥」

 ナツミは黙っていた。二人の間に流れる沈黙に私は早く話題を変えようとユ
ウコの恥ずかしいネタを口にしかけたその時、ナツミは噛みしめるように呟いた。
「何か、すごいね。何て言ったらいいのか‥ココロの中に重くのしかかってく
る‥。サヤカって結構経験豊富なんだ‥」

 ココロの中を覗きこんだかのような言い様に私は少しドキリとした。今まで
の生き方に対し、罪悪感を抱いているわけではないが、純粋な瞳の持ち主のナ
ツミに中身を探られる、とないはずの罪の意識をくすぐられる錯覚を起こす。

「結構‥って、そんなにないよ。数回しか‥」
 本当は3ケタ行ってるけどね。
 私の正体を知るとナツミはさぞ驚き、軽蔑するだろう。こんな年齢逆転の上
下関係は上っ面だけの虚しいものだ。軽蔑されることは慣れているけれど、ナ
ツミにされるとちょっとココロに響くかもしれない。

140 :- 8 -:01/11/17 16:58 ID:TpiO28JI

 ナツミは鼻を一度すすってようやく笑顔を見せた。いつもの空の笑顔とは違
い、中身が詰まっているような気がした。
「ありがと。どこかすっきりした。やっぱりサヤカに相談してよかった。カオ
リにはできない相談だからね」
 それで少し納得した。こういう相談は少し離れた関係にある人間にするのが
一番気楽だ。ちょうど私たちはそんな関係であった。

「じゃあ、食べようよ。おいしいよ、このハンバーグ」
 サイコロ大に切ったハンバーグが刺さったフォークをナッチに向けた。する
と、ナッチは目に溜まった涙をネイルアートなんてしたことのなさそうな自然
色の爪で優しく拭い、大きく頷いた。
 自分のハンバーグを二つに割り、その一つを大きく口を開けて食べた。
 その大口の顔を見て、都会の男だったら引くかもね、と思った。

141 :- 8 -:01/11/17 17:01 ID:TpiO28JI

 それからは楽しい会話が続いた。ナツミはしゃべればすごく楽しい子で、時
に下らないギャグを言っては私を笑わせてくれた。しかし、一度ウケると何度
も同じことを言う子で、終いには自分で笑ったりもする。長くは付き合えない
子だとも思った。
 でもやっぱりいい子だ。年上の人間に使う言葉ではないのかもしれないけど、
素直にそう思った。

 午後9時を回ると、ナツミは時計を気にし始めていたので、
「じゃ、そろそろ帰ろっか」
と促すと、ナツミは「うん」と言った。
 どうやら、9時半に室蘭にいる親に電話することになっているらしい。携帯
でしてもいいのだが、電話代が気になるようでどうしても自宅の電話を使いた
いそうだ。

142 :- 8 -:01/11/17 17:04 ID:TpiO28JI

「じゃ、今日はありがとうね。又、あさって」
「うん、またあさって」
 ナツミの後ろ姿が見えなくなるまで私は見送ろうとした。一度後ろ姿を見せ
たナツミだったがすぐに振り返る。
「どうしたの?」
「さっきの会話でさあ、気になったことがあって‥」
「何?」

 9時となれば、もうすぐ夏の気配が近づいてくるような季節とはいえ、あた
りは真っ暗になる。店や道路沿いに伸びる人工の光が霊のように浮き出して、
私とナツミを照らす。慣れているからどうってことはないが、原始人が見たら
さぞ驚き、腰を抜かすだろう。

143 :- 8 -:01/11/17 17:09 ID:TpiO28JI

「お節介だったらゴメンね」
「うん、だから何?」
「サヤカの友達の大学生って何年生?」
「うん?え〜っと、今年入ったから1年生。ナッチと同じだよ」
 ちょっと考えてから言った。ナツミは今年20だけど1浪しているからマリ
と同じ1年生のはずだ。
「学部は?」
「文学部だったかな?とにかく医学部とかとは違って何やってるのかイマイチ
よくわかんないところ」
「じゃあ、ナッチと一緒だ」
「へ〜、そうなんだ」
 ナツミが文学部であることは初めて知った。
「忙しいってサークルのこと?」
「いや‥勉強しなきゃとか言ってたから、学校のことだと思う」
 あまりお互いの生活に介入していない二人でもそれなりの会話はするのだが、
サークルという言葉は今まで一回も出てこなかったはずだ。

144 :- 8 -:01/11/17 17:12 ID:TpiO28JI

「う〜ん」
 考えこむ仕草をするナツミ。

「それがどうかしたの?」
 別に不安とかはなかったが、眉根を寄せて唸るナツミを見るとやはりちょっ
とは気になる。一歩近づく私に対し、ナツミは口を開いた。
「やっぱり、おかしいよ。どんな大学でも1年生の文学部なんてサークルとか
バイトをしない限り、暇を持て余すもんだべ」
「でもマリ‥って友達の名前なんだけど、『私は特別忙しい』みたいなこと言
ってたし‥」

 マリが疑われているような感じがしてムカッとした。ナツミの言い方はマリ
は私には言えない隠し事をマリは持っていると言っているようなものだった。
 ナツミもそう小さな嫌悪感を持っている私に気付いたようで、
「変なこと言ってごめんね。別にそういうワケじゃないから」
とすぐフォローしていた。
「じゃ、あらためて。バイバイ」

 手を振るナツミ。私も手を振って返した。

145 :- 8 -:01/11/17 17:17 ID:TpiO28JI

-6-以前    >>2-91
-7-(前回) >>103-124
-8-(今回) >>131-144

矢口get
訂正。>>140 の地の文で「ナッチ」となっているところは「ナツミ」です。
こんなところを気にする人はいないと思いますが念のため。
びっくりドンキーが都内にあるのだろうか?と思いつつ更新です。

146 :☆( ´D`)ののたん!☆:01/11/17 21:31 ID:vNwv/qC7
>>145
こんばんわ。はじめて読みました。
すごくおもしろいです!最近の小説にはいいのがないなぁ・・・って
思ってたけど、これは面白い w
ブックマークしときました!がんばってください♪
( ´D`)<ののもいつかでばんありますか・・・?てへてへ

147 :あみ(略:01/11/17 22:46 ID:sigMFM/S
お疲れさまです。

148 :ねぇ、名乗って:01/11/18 14:09 ID:MjmjN0GX
ふむ、おもろいね頑張ってちょ

149 :ねぇ、名乗って:01/11/18 16:01 ID:POIiSqL+
おもしろいです。
引き込まれます。普通と陰の生活の違いがあってイイ!
頑張ってください。

150 :百合哉:01/11/19 01:50 ID:uqoLDFaP
保全

151 :あみ(略:01/11/20 01:50 ID:rPD5p4kW
ほぜん

152 :  :01/11/20 16:46 ID:f+bGaMuR
今日は諸事情のため更新できません、申し訳ないです。保全を兼ねてレスさせていただきます。
>147 >151 まいどです。
>146 自称R-15指定なのでののは見てはいけません(w。ブックマークありがとう
ございます。ののが出るかどうかですが、内緒です。
>148 がんばりまっす。
>149 違いは‥どうなるのかなぁ。
>150 ありがとうございます。
これから多分いろいろありますが、寛容な気持ちでお読みくださいね(w。

153 :あみ(略:01/11/21 01:21 ID:cxBWXRJE
気長に待ってますよ。

154 :- 9 -:01/11/21 19:55 ID:y+XLXqqf

-9-

 家に帰り、インターホンを鳴らしたが返事はなかった。ノブを回してみると
カギがかかっていた。一人でいる時は大抵カギを掛けているので、当然と言え
ば当然なのだが、それにも関わらず、カギがかかっているかどうかを確認して
しまう。

 ポケットから合いカギを取り出して、扉を開けた。部屋の中は真っ暗だった。
 マリはどこか行ってしまったのだろうか?それとももう寝てしまっているの
だろうか?
「た〜だいま〜」
 間延びした調子で電気の点いていない部屋に向かって声をかけたが、反応は
ない。小さな部屋の小さな闇に私の声は吸収されていく。

155 :- 9 -:01/11/21 19:57 ID:y+XLXqqf

 玄関の照明を手探りで探し、点けた。下を見ると、マリのお気に入りの白の
厚底ブーツが玄関の中央にどんと構えてあった。
 最近、デートやショッピング等、外出の際には必ずと言っていいほど、この
ブーツを履いていたはずだから、ちょっと近くのコンビニに行っているだけな
のかもしれない。

 そう解釈しても、心臓がいつもよりよく働き、呼吸が乱れる。マリがいない
ことなんてよくあるはずなのに、今日は何かが違うと、脳の一部が警告を与え
ているようだ。

 全身にじんわりと浮かぶ汗をできる限り拭い、しのび足で家の中に入った。
 別にドロボウがいるとか考えたわけではないが、自然とそうやっていた。
 寝室にしている部屋に足を進める。暗やみの中にしばらくいて目が慣れてき
たおかげで最初は見えなかったものが見えるようになってきた。布団がめくれ
あがっている。そしてそこにマリの姿はない。

156 :- 9 -:01/11/21 19:58 ID:y+XLXqqf

 どこに行ったのだろう?
 布団はぬくもりがあった。つまり、ついさっきまではここで寝ていたことに
なる。ということはやはりコンビニに買出しに行ったと考えるのが妥当だ。
 そう何度も自分を納得させながら、部屋の真ん中にある蛍光灯からまっすぐ
地面に向かって垂れ下がっている線を引っ張った。2、3度チカチカと点滅し
てから、白い光を放ち、部屋全体を照らす。

 やはりマリはいなかった。
 存在は薄々と感じているのに、目ではその姿を捉えることができない。その
矛盾に、
「いない‥よね?」
と、か細い声でひとり言を呟く。

157 :- 9 -:01/11/21 20:00 ID:y+XLXqqf

 その瞬間だった。
「おかえり!」
「わっ!」
 突然後ろから何かが飛び乗ってきた。静けさが生む恐怖でドキドキしていた
私はコナキジジイが現れたのだと思い、一気に恐怖の頂点に登りつめる。
 なりふり構わず、背負い投げのようにその物体を投げた。
「うわっ!」
 コナキジジイがやけに現実的な声をあげた。ドッスーンという音とともに地
面が揺れた。
「だ、誰!?」
 一歩退き、コナキジジイに向かって習ったこともないカンフーの型を作る。
そんな警戒の中、映った姿は長袖長ズボンのもさっとしたパジャマを着たマリ
だった。
「イタタタ‥。まさか、投げ飛ばされるとは‥」
 マリは痛そうに腰を抑えていた。
「マリ‥」
 緊張がプツンと切れて、今度は安堵の汗が出る。
 マリは顔をしかめながら笑っていた。寝癖がひどくメドゥーサのような頭を
しているところを見ると、今日は外出はしなかったのだろう。
「ちょっと〜」
 構えていた手をようやく下ろし、息をつく。マリは腰を抑えたまま立ち上が
り、「ごめん」と反省したフリをしていた。

158 :- 9 -:01/11/21 20:04 ID:y+XLXqqf

 マリにコーヒーを入れてもらい、テレビを点けて私たちは落ち着いた。
 画面には恋愛がどうとかがテーマのドラマが流れている。見たことはないし
内容は全くわからなかったが、オーケストラでも聞けそうな滑らかなBGMを
背に、一人の女性が男と自分とが肩を寄せ合いながら楽しげに映っている写真
を物憂げに眺めているシーンを一目見て、このドラマは恋愛ドラマなんだとい
うことは容易にわかった。

 OLだったら見たくなくても次の日の話題についていくために、こういう話
に興味を持たなければならないのかもしれないが、私には一生無縁の話だろう。

「なんで、隠れてたのよ」
 まだ若干の落ち着きに欠けていた私はコーヒーを一口つけてから恨めしそう
に言った。ブラックだったのですごく苦かった。
「ははは、なんとなく〜。ちょっと面白いかな?って思って」
 マリはボサボサだった髪を邪魔にならないように後ろでまとめていた。
「ずっと隠れてたの?」
「うん。でもサヤカ帰ってこないから1時間以上も暗やみで待ってたんだよ。
ホント待ってる間は何て惨めなんだ、って思ったよ。まあ、苦労は報われたみ
たいね」
 マリの頭には驚きのあまりパニック状態になっている私の映像が映っている
のだろう。ちょっと悔しかった。

159 :- 9 -:01/11/21 20:08 ID:y+XLXqqf

「ったく‥。ホントのホントに怖かったんだからね‥」
 コーヒーは砂糖とフレッシュをたっぷり入れた。マリも同じくらい入れてい
た。二人そろって甘党だ。
「サヤカってカッコよくなって大人っぽくなったけど、やっぱりそういうとこ
ろって変わんないんだね。昔っから怖がりで私の後ろにくっついていてばかり
いたもんなぁ」

 ニヤリと勝ち誇ったように微笑むマリの瞳には懐古的な色が浮かんでいた。
 私の子供時代をよく知っているのはもうマリぐらいだろう。
 長所も短所もマリの記憶の中にある。今もそんなに変わっていないはずだ。

「ま、性格だからね。仕方ないよ」
 観念したように私は言う。
「覚えてる?夜の小学校の探検の話」
「うん。でもあんまり思い出したくない」
 昔、二人だけで誰もいない学校を探検したことがあった。最初は手を繋いで
歩いていたのだが、ある時、いきなりマリが隣りで悲鳴を上げ、手を切って逃
げ出した。それから10分程度私は一人ぼっちになった。マリの悲鳴も手伝っ
て、身の毛がよだち、力いっぱい泣き叫び、喚き散らした。
 その後、それはマリが私を脅かすために仕組んだことだということを知り、
2日間、私はマリを恨んだ。
 あの時の恐怖といったら、今想像しても身が凍る。

160 :- 9 -:01/11/21 20:12 ID:y+XLXqqf

「あの後が凄かったんだからね‥。親からもすっごく怒られるし‥。もうサヤ
カは脅かさないってココロに誓ったもんよ」
「じゃあ、何でやるのよ‥」
 口を尖らせながらブツブツ愚痴を言ったがマリは全く罪悪感がなさそうに、
そんな表情をする私を楽しんでいた。

 それからマリは昔話、ほとんどは私の”ハジバナ”を話しはじめた。恥ずか
しくて何度も「もう昔の話は止めようよ」と言おうと思ったが、マリのボサボ
サな金色の髪を指でくるめたり伸ばしたりして、弄んでいる姿を見るとその口
は閉ざされた。

 私は気付きはじめていた。マリはただ恐怖にのたうちまわる私を見たくてこ
んなことをしたのではないのだと。

161 :- 9 -:01/11/21 20:14 ID:y+XLXqqf

 今日のマリはどことなく憂いに満ちていた。
 部屋に入ったときの説明のつかない動悸は、この部屋がマリが作ったどこと
なく淀んだものに侵食されていると直感的に気付いたからかもしれない。
 マリはその憂いをはぐらかすために昔話に没頭しているように見えた。それ
を止めることはマリの触れてはいけないものを露出するだけのような気がした。

 だから私は付き合い、ただ笑った。
 マリも笑った。
 お互い、牽制し合いながら。

162 :- 9 -:01/11/21 20:15 ID:y+XLXqqf

「ふぅ‥」
 一息ついて、マリは最後に言った。

「昔は良かったね」

「うん‥」
 私はただうなずくしかなかった。

 昨日、マリの身に何かがあったことは確かなようだ。その”何か”も大体は
わかる。でも調べる気は毛頭ない。

163 :- 9 -:01/11/21 20:21 ID:y+XLXqqf

 久しぶりにマリと私は同じ時間に布団を二つ並べて寝ることになった。時刻
はまだ日が変わらない23時。なんて健全な乙女二人だろう。
 輪っか型の電球が目線の先に見える。一度目をつぶると、その輪っかの形が
黒い景色に現れていた。
 この目の裏にある黒い世界は誰しもが持っている小さな宇宙なんだと思った
ことがある。
 端が見えない深遠な黒の中に電球の残影という星が散らばっている。
 少し眼球を動かすと流星群となって動かした方向へ一斉に移動する。
 私はその中に安らぎを見出だすことができる。
 このままその世界を見つづけていれば、今日も健やかな眠りにつくことがで
きるだろう。

164 :- 9 -:01/11/21 20:25 ID:y+XLXqqf

 しかし、今日はそんなわけにはいかない。
 私は隣りにいるマリに声をかけた。
「今日は学校行ったの?」
「うん、行ったよ」
 すぐにマリは答えた。
「その学校ってサークルのこと?」
「え?サークルは入ってないし‥言ってなかったっけ?講義が1限から5限ま
でみっちり入っててさぁ、大変大変」

「そっか。学校って楽しい?」
 少しナツミの言っていたことが頭に残っていた。
「う〜ん、微妙。勉強はつらいだけだから‥。でも友達もいるし‥って今日の
サヤカ、なんかヘンだね」
 自分でもヘンだと思いながら訊いていた。きっとマリが優等生なんだという
ことを確認したかったのだろう。私の中にはマリの像があって、もう大分変わ
ったとはいえ、その中心部分は残っているのだと信じていた。それさえも破壊
されているとなると、いたたまれない気分になるだろう。

 マリの言葉を聞いて、変わっていない部分はしっかり残っていると感じはじ
めていた。
「ごめんね」
「ううん、別にいいよ」
 マリは郷愁を含ませながら言った。お互いのことは詮索しないという暗黙の
了解を破っている私を嬉しく思っているようだった。

165 :- 9 -:01/11/21 20:29 ID:y+XLXqqf

「それでさあ、何で今日そのパジャマなの?」
 今日マリが着ていたパジャマは長袖でどちらかというと春・秋用だ。夏が来
たからということで最近のマリは外出もできそうなTシャツとハーフパンツ、
時には下着一枚でも寝ていたはずだ。それなのにその長袖パジャマを棚から引
っ張りだしてきたという極端の服の変化に違和感を覚えていた。
「うん、ちょっと最近冷え症気味なんだ」
「へ〜、そうなんだ。冷え症ねぇ‥」
「最近大学のクーラーが効きすぎちゃってさぁ、毎日毎日手足ぶるぶるモンよ。
だから寝る時とかはできるだけ長袖にしたくって‥。サヤカも気をつけたほう
がいいよ。大人の女性って多いらしいから」

「ふ〜ん」
「ホント‥」
 マリはそれだけ言って一旦口を閉ざす。私が「何?」と促すと、ポツリとこ
ぼした。

「ホント、大人にはなりたくないね‥」
 私は「うん」と同意するしかなかった。

「さて、寝よっか」
 マリは電気を消した。私は電気をつけておく主義、というか電気がないと寝
つきが極端に悪くなるのだが、仕方がない。
 暗がりの中で、マリは手を私の布団に伸ばしてきた。
 そして私の手を掴んだ。

166 :- 9 -:01/11/21 20:31 ID:y+XLXqqf

 小さくて柔らかかった。
「な、何‥?」
 首をひねり、マリを見る。夜に映える深青色の輪郭はマリのココロを投影し
ているかのようだ。
「今じゃあ、すっかり立場が逆転しちゃったね‥。身長は元々だけど‥精神的
にも‥」
「‥そんなことないよ。見たでしょ?私まだまだ怖いの苦手だし‥」
 私の右手をつかんでいるマリの左手が震えていた。小さくて子供みたいな手
だったけど、昔っから私が感じていたマリの体温は少し安らぎをもたらしてく
れた。
 マリも私の体温から同じことを感じてくれればいいなぁ、と純粋に思った。

167 :- 9 -:01/11/21 20:33 ID:y+XLXqqf

「サヤカはやっぱり彼氏作らないんだ」
 マリは3mほど上の天井に向かって言った。だからその声は直接ではなく、
天井に反射して私の耳に届いているようだった。
「うん」
 私も同じようにして上を向いて言う。
「まだ、”マキ”の夢を見るの?」
 そんな風な会話だから一言一言間が空く。
「うん、実を言うと昨日見た」
「そっか。じゃあ仕方ないね‥」
「うん‥」

 私の脳外から、”マキ”という言葉が聞こえてきて、何かに押しつぶされそ
うになる。

 そして、マキのことを想う―――

168 :  :01/11/21 20:40 ID:y+XLXqqf

-8-(前回) >>131-144
-9-(今回) >>154-167

>153 いつもいつもありがとうございます。
ちょっと予定変更だったり。次回は連休中にでも。では、また。

169 :あみ(略:01/11/21 21:57 ID:TiG+hC63
お疲れさまです。週末まで楽しみに待っておりますので。
そういや、ヽ^∀^ノはラジオで電気点けてないと寝れないって言ってましたね(w

170 :ねぇ、名乗って:01/11/22 12:51 ID:4N1WWAPS
おもろーい!
良い宵

新メンはでるのかなあ

171 :あみ(略:01/11/22 21:52 ID:po8fxRCb
( ´∀`)< 保全。

172 :  :01/11/23 15:16 ID:Atr4Xjyp
>169 >171 そういうエピソードを少しでも入れようと努力してます。飛んだ話ですが、
一応、娘。小説という名目だし、必要かと。
>170 現段階での頭のプロット上には出ていません。出そうと思えば出せるのですが、
あまり登場人物が多くなるのもダメかな?と思っているので‥。ホントは人が足りて
いないんだけど、中学生の女の子はいらないんだよなぁ(w。

173 :- 10 -:01/11/23 15:51 ID:Atr4Xjyp

-10-

――私は”マキ”の夢をマリに話したことがある。

 はじめて見たのは小学3年の時。
 最初はやけにストーリー性のある夢だなぁ、という程度にしか記憶に残らな
かったのだが、ことあるごとに同じ夢を見るようになってから、私はその中の
登場人物が気になるようになっていった。

 マリに話したのはその夢を見てから2ヶ月ぐらい過ぎてからだったと思う。
 最初は取り合ってくれなかったが、毎日毎日、「今日もアノ夢を見た」と言
っていると段々真剣に耳を傾けてくれるようになった。

 ある日、夢の中の少女に名前を尋ねた。
 興味と恐怖が混在しながら尋ねたことを覚えている。それくらい勇気が必要
だった。
 少女の口からは”マキ”と放たれた。不純物のない透明な結晶に包まれたよ
うな眩い一言だった。眠っていた何かがココロの底から衝き動かされる。

174 :- 10 -:01/11/23 15:53 ID:Atr4Xjyp

 きっとこの日から私は変わったのだと思う。
 私は性を、時を、そして次元を飛び超えて恋をした。
 初恋だった。その甘い響きは、幼心に永遠の淡い輝きになるものだと思って
いた。

 しかし、マキはそんな甘酸っぱい言葉が似合う人物ではなかった。
 私たちを愚鈍な人間と言い放ち、私の存在を咎めつづける。天使が着るよう
な真っ白な服を着ながら、悪魔の視線でもって私にこう唱える。

「カラダから生まれる全ての感覚に意味はないの。視覚も聴覚も味覚も嗅覚も
触覚も全部ウソ。ココロだけが真実。だから、カラダなんて捨てて」

 幻想的で魅力的な少女がささやく言葉は見えない鈍器でえぐるような不似合
いなものだった。

175 :- 10 -:01/11/23 15:55 ID:Atr4Xjyp

 夢の中の戯言だと最初は思った。
 初恋だなんて考えること自体愚考だと思った。
 目覚めてから、微かに残っている記憶を拾い集めて考えてみても意味がわか
らなかった。

 しかし、深層心理でそれは正しいんだと叫んでいる自分を、繰り返し横暴的
に見せられたせいか発見するようになる。バイオレンスムービーを見せられて、
底に眠っている自我の殺意の部分を強制的に揺り起こされた気分に近いものだ
ろう。

 虚実のどちらとも取れないマキの言葉は、その言葉の意義を頭では理解して
いないはずなのに、皮膚細胞の一つ一つに深く刻まれていく。いや、むしろ理
解していないからこそ、理論武装をする術もなくストレートに刻まれたのかも
しれない。

176 :- 10 -:01/11/23 15:58 ID:Atr4Xjyp

 やがて、特に夢から覚めたあとの数時間は、自分、マリ、両親、クラスメイ
トなど、私を取り巻く全ての人間がヘドロのような汚濁に染まったものに見え
るようになり、火炎放射器かなんかで全てを焼却したいという衝動にさえ駆ら
れた。

 世界の全てに対する嫌悪感に蝕まれた私を心配するマリには、「ものすごい
低血圧なんだ」と説明した。朝が一番、その破滅的衝動がひどかったからちょ
うどいい理由だった。

 一緒に登校途中、好きな人がどうたら、とかいう話になると私は一切の聴覚
を麻痺させようと努力したこともある。しかし、マリの当時から人より高かっ
た声は抵抗空しく、私の脳に突き刺さる。

 そんな私を、そして、マリをひたすら憎んだ。

177 :- 10 -:01/11/23 16:01 ID:Atr4Xjyp

 ちょうどその頃は、世間では”洗脳”や”マインドコントロール”なる言葉
がメディアに頻繁に登場してくる時だった。
 テレビニュースでそんな言葉を何度も聞くうちに、きっと私も洗脳されてい
るのだと思った。

 ブラウン管越しのコメンテーターは、いかに洗脳が”悪”なるものかを解説
し、アナウンサーやタレントは大げさなくらい顔をしかめながら頷いていたが
私はそんな一方向の結論付けに納得がいかなかった。

 人間は生きていく上で、洗脳されたことのない人間なんていないわけで、そ
れが悪いこととは思えない。

 洗脳された人間が至福に身を寄せながら座禅をし、跳ね回ったり、発狂した
ような大声を上げているシーンをモザイク越しに見て、私はきっとこの人たち
は何かを排除できた人間なんだ、とうらやましく思った。

178 :- 10 -:01/11/23 16:02 ID:Atr4Xjyp

 そんな風に常に葛藤が起こっている状態でいると、どうしようもない別の衝
動に駆られる自分がいることに気づいた。

――私を真の快楽に導いてくれるのはマキしかいない、と。

 その境地に達したのは肉体的に性に目覚める年齢でもあった。
 私のクラスメイトの中にはすでに処女を喪失している子が数人いた。私も情
欲の律動から自分の手をパンツの中に入れ、まさぐる人間になっていた。行為
を終えてから生まれるのは後悔ばかり。ごく普通の自慰とマキへの罪悪感が津
波のように繰返し起こった。

 私は私を恨みつづけた。

179 :- 10 -:01/11/23 16:05 ID:Atr4Xjyp

 それでも私はその行為を抑えつけることができない。自慰はどんどんエスカ
レートしていく。年の割には淫乱な少女だったと思う。

 そのことに対し、マキはいつも何も言わない。
 きっと咎められるのだろう、と覚悟していたのにむしろ微笑む回数が多くな
ったマキがいた。

 目が覚め、夢から抜け出した後でいつもマキはどう思っているのかを聞きた
くなる。しかし、夢の世界はマキが全てを掌握していて、私がマキの気持ちを
聞くことはマキが許可しない限りできない仕組みのようだ。
 今度見たときは真意を聞こうと思っていてもいざ夢の中に踏み込むと全くそ
の意志は通じない。

180 :- 10 -:01/11/23 16:07 ID:Atr4Xjyp

 ちなみにマリに言ったのはここまでだ。
 私は自慰行為に対して、恥辱ではなく自分の肉体に対する嫌悪で持ってマリ
に告白した。
 マリは優等生の部類だったせいか、そういうことを当時はまだしない人間だ
ったらしく、顔を真っ赤にしたのを覚えている。確か「あんまり深く考えない
ほうがいいよ」と当時のマリははぐらかしていた。

 それから1ヶ月して、マリは先に中学生になったので疎遠になった。今考え
れば私がそんなヘンなことを言ったからかもしれない。

 マリに自分の自慰を告白してからしばらくして、夢の中でマキは私に言う。

「ココロとカラダを分けてほしい。カラダはそっちの世界に置いて、ココロだ
けをあたしにほしい」

 マキの言葉はこの時には周囲に決して溶け込まない絶対的なものになってい
た。
 従順にマキの言葉を受け入れようとする私がいた。

181 :- 10 -:01/11/23 16:17 ID:Atr4Xjyp

 そんな中、私は初体験をした。
 きっかけは2つ年上の中学生の男の子が告白してきたことだった。
 告白されてからセックスに至るまで2日とかからなかった。
 今はもうその男子の名前は忘れたが、ネチネチしていて、ずっと私を気にし
ているのに1ヶ月以上も声すらかけられない臆病者だった。はっきり言って嫌
いなタイプだった。

 それなのにセックスに至ったのは愛情云々を度外視したセックスという行
為自体に興味を持ちはじめていたからだろう。
 その男子に震える声で勇気を持って、ただストレートに”好き”と言われ、
私は”セックス”という言葉と直結させていた。ちょっと人よりは早いのか
もしれないけど、そういう存在が生活のトップに昇格しようとする時期だっ
たのだ。

 それともう一つ。その出来事は丁度、マキの存在を認め、ココロの抽出方法
を模索しようと決めた翌日のことだった。その予定が決まっていたかのような
事項の連なりに、私は運命を感じ、きっと願望達成への道標が見つかるのだと
思ったのだろう。

182 :- 10 -:01/11/23 16:20 ID:Atr4Xjyp

 近くの公衆便所の汚物がこびりついた男子トイレでその行為は行われた。向
こうも初めてだったらしくそのセックスはただ痛いだけだった。
 処女膜は乱暴に破れた。
 痛さに必死で耐えているなかで生まれた手や足の痙攣は決して快感からきた
ものではなかった。

 その男の子はセックスという刺激的行為に溺れてしまったのだろう。それか
らは今までの消極的な態度からは一変し、私の体調なんて無視して、己の欲望
に任せて、ことあるごとにセックスを強要してきた。

 手足をしばり、簡易的なSMプレイをしたり、友達を連れてきて3Pしてきた
り、と段々正常じゃなくなる過程を経て、この男の子には最初は持っていたは
ずの愛情を全て性の狂気に変えてしまっていたことに気付いた。

183 :- 10 -:01/11/23 16:23 ID:Atr4Xjyp

 その事実をはっきりと認識した瞬間、普通なら嫌悪を覚えるのだろうけど私
は全くの逆だった。

 生まれたのは猛烈なオーガズム。”昇天”とはよく言ったものだ。
 全身を作る細胞がポップコーンのように爆発し、脳を麻痺させ、強烈な電流
がカラダ中を駆け巡った。そしてカラダが精神の根っこが歪められた欲望の塊
に支配されていく中、ココロだけが反比例するように自由に空を飛び回っていた。

 そして、やっと気づいた。

――これがマキの求めているものなのだ、と。

 幽体離脱とは本質は違うのかもしれないが、それに似た感覚だった。つまり、
カラダとココロが一瞬だけ離れたのだ。

 マキに確認はしないし、できなかったが、出会った頃のような全てを押さえ
つける冷たい瞳がどんどん力を失い、柔らかさを帯びはじめたところを見ると、
きっとこのままでいいのだろうと思った。
 迷いから解放された気分だった。

184 :- 10 -:01/11/23 16:25 ID:Atr4Xjyp

 中学三年間は援助交際のブームにも乗って、いろんな男の人とセックスをし
た。2コ年下の童貞から父親とそんなに変わらない年齢のオヤジまで。
 大学生のいかにも「俺は今セックス全盛期だ」と言わんばかりの軟派男との
セックスは熟達していて確かに気持ちよかった。
 だけど、それもどこか違う。
 やり方とかテクニックとかではない。
 その頃には私は一つの結論を導いていた。

――セックスに愛がなければないほど、私はイクことができる。

185 :- 10 -:01/11/23 16:26 ID:Atr4Xjyp

 それを決定的に認めたのは6つ上の男とのセックスの時だった。
 長い髪を茶色のカチューシャでまとめた一見はヤサ男。しかし、持っている
シンボルは巨大で、子宮が壊れそうなくらい私のカラダを深く貫いていた。
 テクも一品で、抑揚をつけながら徐々に激しくなるリズムが私のカラダを私
のものじゃないかのようにし、ココロは淫らに昇天に昇りつめていく。
 そんな時だった。

「好きだよ」
 荒い吐息の中から生まれたヤサ男の甘いささやきに、私の神経は急速にその
活動をやめた。飛んでいきそうだったココロは一瞬にしてカラダに戻り、ピス
トン運動をする男を冷ややかに眺めてしまったのだ。

186 :- 10 -:01/11/23 16:28 ID:Atr4Xjyp

 汚いカラダをもっともっと汚していく。

 まるで冷たい玩具を扱うようにカラダを壊していく。

 それが究極に近づくほどカラダとココロが乖離していく。

 私は男たちとのセックスに感じているんじゃない。

 そうやって生まれるものはマキの願いに近づけるものであるということを知
っているから感じているんだ。


――マキのために生きているんだ。

187 :- 10 -:01/11/23 16:29 ID:Atr4Xjyp
 

188 :- 10 -:01/11/23 16:31 ID:Atr4Xjyp

「彼氏なんて作らないほうがいいよ、あとでつらくなるだけ。サヤカが正解」

 突然のマリの声に私はカラダをビクつかせた。
 マリが最後に言葉を発してから何分経っただろうか。私はいつの間にか過去
を追っていた。いや、マキを追っていた。

「そう?でもやっぱり羨ましいと思うよ」
 ココロにもないことを私は言う。手は繋がれたままだった。
 むしろ、その握る手は強くなっている。

「あ〜あ、私の夢の中にも”マキ”が出てきてくれないかなぁ」

 その言葉で私は確信した。

 マリは失恋をしたのだと。

189 :  :01/11/23 16:36 ID:Atr4Xjyp

-9-(前回) >>154-167
-10- (今回) >>173-188

本当は9、10は一つだったんですが、長かったこととこれから更新量は落ちちゃい
そうなので、あえて二つにしました。というわけで次回は短め。
ところで、”マキ”と”マリ”を読み違えたりしませんよね?

190 :あみ(略:01/11/23 21:24 ID:gR6W95kv
お疲れさん。間違ってないよ!

191 :名無し募集中。。。:01/11/24 10:30 ID:5wktGm9m
保全

192 :あみ(略:01/11/24 21:49 ID:0BPvrA7Z
定期保全

193 :ねぇ、名乗って:01/11/25 04:21 ID:4Xb7it+U
http://www.akebi.sakura.ne.jp/~kom/cgi-bin/mserch.cgi?string=%8F%AC%90%E0

194 :ねぇ、名乗って:01/11/25 06:14 ID:r4XyybZ2
初めて読んだけど面白い。
まだまだ先は長いのかな。

195 :あみ(略:01/11/26 01:21 ID:0OOTO4L9
寝る前に保全

196 :名無し娘。:01/11/26 15:40 ID:PvtJCIgS
ほぜん

197 :あみ(略:01/11/27 01:31 ID:AOPYfL0Q
保全

198 :ねぇ、名乗って:01/11/27 05:16 ID:7UqK1f4w
保全。

199 :あみ(略:01/11/27 18:53 ID:/i5W7Zjg
hozen

200 :  :01/11/27 21:56 ID:V4HjWHXV

>192 >195 >197 >199 まいどです。書いてるほうで名前のミスがありそうです
がその時はご指摘ください。
>193 この小説は引っかからないはずですが‥。
>191 >196 >198 保全ありがとうございます。
>194 先は‥長いですね。かなり読者を選ぶ小説になりそうですが最後までお付き合い
いただけたら幸いです。

というわけで、get200。

201 :- 11 -:01/11/27 22:09 ID:V4HjWHXV

-11-

 開けっ放しの窓の向こうから聞こえるすずめの鳴き声に誘われて、私は目を
覚ました。今日もなかなかの天気のようだ、とその朝日に包まれた清々しい風
景を見ることなく気付く。
 それでなのか、私は低血圧気味のほうなのだが、今日は朝特有の気だるさに
苛まれることはなかった。
 こういう目覚め方が一番、人として最良なのかもしれない。

 一度背筋を伸ばし、首をひねると隣りには珍しくマリがいた。こちらに小さ
い顔を向け、薄い寝息を枕に吹き付けながら眠っていた。
 そして、すぐさま昨日の眠り入る直前のことを思い出す。
 マリのこと、そしてマキのこと。昨日という夜は確かにあったのだと再確認
する。

 マリはさすがに手を離してはいたが、腕は私の布団に入れたままであった。
 出された手を一度両手を使って触れ、その小ささと柔らかさを感じてから、
マリの布団に戻した。
 安心に包まれたスヤスヤとした寝顔だった。化粧を落としていて、人前には
決して見せられないようなボロボロの顔だったのに、私にはなぜか愛くるしく
見えた。

202 :- 11 -:01/11/27 22:14 ID:V4HjWHXV

 ああ、幼なじみがいる。
 当たり前のことをさも新発見したかのようにそう思った。でもそれはあなが
ち間違いとも言い切れない。昨日まで見ていたマリを私は、幼なじみのマリと
見ていなかったような気がするからだ。

 年を重ねるにつれて作られた透明な氷壁が、ゆっくりと融けていく。そんな
感覚がきっとそう思わせたのだろう。

 やはり、マリは特別な人なのだ、と改めて思った。
 久しぶりの再会の時、「よお」と言ってきて、「よお」と返す。それだけで
よかった。そして、その日から二人暮しがはじまり、今まで続いている。
 その間、こうやって二人で過ごすことに違和感はなかった。
 時間とともに作られた秘密をお互いにたくさん抱えていながら、その秘密を
詮索することなく、それでも結ぶことができる信頼の絆。

 理由とか裏づけとかはいらない。きっと、一般で言うところの血の繋がりに
近い感覚。

203 :- 11 -:01/11/27 22:33 ID:V4HjWHXV

 精神的な別れ、そして今、存在する”時の流れ”で生まれた秘密という名の
歪み。
 それらを包括して、私たちはお互いの存在を認め、敬ってきた。
 だから二人は一緒にいられる。
 そして、これからも一緒にいたいと思う。

 あどけない寝顔を見ていると、マリのカギの開いたココロの内部をもう少し
深く覗きたくなる。それを見て、やがて認め、いつか私のココロも開いてマリ
とまた昔のような共有感覚を築く――。

 それも可能ではないのか?
 そんな淡い願いをした矢先だった。
 ふと気づくと、融ける様子を見せない一つの壁があった。他の壁が融けてな
くなるにつれて、その壁はどんどん浮き彫りになっていく。
 黒くて硬そうで、熱しても叩いてもその形を崩すことはない。

204 :- 11 -:01/11/27 22:35 ID:V4HjWHXV

 その得体の知れない壁の正体を、昨日の夜を反芻しながら考える。
 今回、マリは明らかに助けを求めていた。マリは一番頑なに閉ざしていた秘
密の扉のカギをゆっくりと開けたのだ。私はそのカチャリと開く、小さく透き
通った音を見逃さなかった。

 マリがどんな失恋をしたのかはわからない。こんなに傷ついているのだから、
相当つらい別れ方をしたのだろう。もしくは相当その彼氏のことが好きだった
のだろう。
 私は失恋の痛みというものを知らない。だからどういう風に慰めようか、と
一度考えて、それは経験がないのだから無理だと悟った。

205 :- 11 -:01/11/27 22:37 ID:V4HjWHXV

 ふと不思議に思う。
 マリが彼氏を頑固に隠そうとしていたのはどうしてだろう?
 もちろん再会後の二人には秘密ばかりが間に存在していたから、隠すことは
ごく自然のことなのかもしれない。しかし、こと彼氏に関しては時流とは関係
のないところで意識的にひた隠しにされているところがあった。

 そうだ。きっと、残った壁の正体はこれなのだ。
 マリの彼氏に関しては次元の違った歪みとなっている。
 マリは多分私を”妹のような存在”だと思ってくれているに違いない。「サ
ヤカに私の大事な彼氏を取られるかも」なんていう定番ドラマにありがちな感
情を抱くはずがない。

――私が世の男に興味が全くないことはマリが一番よく知っているから。

206 :- 11 -:01/11/27 22:39 ID:V4HjWHXV

 好奇心という感情ではない。
 いささか顔の知らないマリの彼氏に不信感を持った。そして、壊さなければ
いけない壁だと悟った。
 いけないことと猛省しながら、私はマリのお気に入りであるベージュのハン
プトンズ・トートバッグを開けてみた。
 それは私がそういう詮索する人間ではないと知っている安心感とフられた
ショックもあってか「中身を見てください」と言わんばかりにテーブルの横に
無防備に置かれていた。

207 :- 11 -:01/11/27 22:42 ID:V4HjWHXV

 大学の講義プリントらしきものが最初に目に入った。何枚か見てみたが、汚
い走り書きでただ文字が羅列してあるだけで、どんなことをしているのかはよ
くわからなかった。そのプリントをまとめて出して、バッグの中にちょっと手
を入れてみると、シルバーの携帯電話と手帳に触れた。後ろめたさが増幅する
中、まずは携帯電話の中身を覗こうとしたのだが、「暗証番号を入力してくだ
さい」と表示されてしまった。
 マリの誕生日などを思い出して入力してみたが上手くはいかなかったので、
あきらめた。

 次に本皮ではなさそうな赤い手帳をパラパラとめくってみた。
 手帳としての役割の一つである予定表みたいなものは書かれていずに昨日も
一昨日もその前もずっと白紙だった。どうやらマリは手帳は持っていてもあま
り書き込まなかった人間みたいだ。
 そういえば、小学生の時、大抵の人間は授業の時間割の紙をランドセルを開
けたところにあるスペースに挟んでおいたものだが、マリは、
「そんなの、覚えればいいんだよ」
と勝ち誇ったように言っていたことを思い出した。
 マリは生まれつきそういう予定を書き込むということはあまりしないようだ。

 しかし予定表のページの次の全白紙だったところには数ページに渡って、日
記のようなものがびっしりと書き連なれてあった。

 書く時によって字の大きさも長さも違い形式なんて存在しない。
 日付さえも書いていない”つれづれなるまま”の日記。

208 :- 11 -:01/11/27 22:44 ID:V4HjWHXV

『トシヤの家に行ってエッチした。家に行くのは初めてだったけど、キレイ
だった。私が行くからと急場しのぎで掃除をしたという感じではなさそうだ』

『トシヤの車に乗った。むちゃくちゃ高いらしいけど私にはわからない。ただ
今まで乗ったどの車よりも座り心地は悪かった』

『トシヤと渋谷の街を歩いた。トシヤは背が高いから少しでも近づこうと、持
っている一番高い厚底を履いていったら何回も転びそうになった。でも、トシ
ヤの腕をつかんでいたから助かった』

『トシヤの車でエッチした。普通の路地に駐車してしたので、最初は恥ずかし
かったが、だんだん気持ちよくなってきた。またやりたい』

『トシヤと一緒にエッチなビデオを見た。モザイクがかかっていてそれが逆に
エッチっぽかった』

『トシヤの男友達に会った。みんなカッコよかったけどやっぱりトシヤが一番』

209 :- 11 -:01/11/27 22:46 ID:V4HjWHXV

 「ふぅ」と私は一度深呼吸をした。
 全ての文に「トシヤ」という名前がつく。
 ”トシヤ”というのは彼氏の名前なのだろう。あまりこれ以上日記を熟読す
るのはさすがに気が引けたため、ページを飛ばした。

 結局、手帳にも写真らしきものはなかった。
 私は首を傾げながら、壁にぶらさげてあるクリップボードに目をやる。そこ
には私とマリのじゃれあう写真が乱雑に貼られてある。私はこういうことはキ
ライなのだがマリが、
「私たちの写真を貼ろうよ」
と一度だけした模様替えの時に提案し、半ば強引に写真を撮られたものだ。

 私はその写真に小さな憂いを感じて息をついた。そんなマリの性格上、彼氏
との写真もしくはプリクラは絶対あるはずだと思っていたからだ。
 肩透かしを食らった気分だった。

210 :- 11 -:01/11/27 22:47 ID:V4HjWHXV

 バッグの口を大きく広げてみた。他に目立ったものはピンク一色でできた無
印良品のポーチぐらいだ。確かこの下に手帳が入れてあったはずだ。大丈夫だ
とは思うが念には念を入れるために私はそのポーチを一度取り出し、手帳を戻
した。

 左手で掴んだポーチの中身は単なる化粧道具だろうと思っていたが、その感
触がどことなく違和感を感じた。私は何の気なしに開けてみると、中にはリッ
プグロスやマスカラ等予想通りの化粧道具の他に、コンドームが4つとピル、
そして”B”と彫られた白い錠剤が一緒に入っていた。包装はなかったのでわ
からないがおそらくバファリンだろう。私はこのバファリンをマリは頭痛薬で
はなく鎮痛剤に使っているのだろう、と思った。ピルと一緒に入っているとい
うことからそう推測した。

211 :- 11 -:01/11/27 22:50 ID:V4HjWHXV

 マリが起きた時には、私がマリのバッグを調べた痕跡は完全に隠していたは
ずだ。マリも全く気付かず、跳ね上がった金髪をかきあげながら、
「ふぁよーっす」
と眠たそうに目をこすりながら挨拶をする。
「すっごい、髪」
 私が笑うと、
「髪切ってこようかなぁ。あ、それと黒髪に戻そうかなぁ」
とマリは独り言のようにぶつぶつとつぶやく。
「うん、それがいいよ!絶対それがいい!」
 私は大げさに激しく同意する。

「あ、やめた」
「なんで?」
「だって、サヤカが勧めるから。だからいや」
「何それ、あまのじゃく」

 朝の夏に似合わない冷涼な空気の中、こんなテンポが良い会話が飛び交っ
た。こんな時間はマキの夢とは別にして幸せだと感じるものだった。

212 :  :01/11/27 22:54 ID:V4HjWHXV

-10- (前回) >>173-188
-11- (今回) >>201-211

次から、次から‥‥‥。

213 :あみ(略:01/11/27 23:55 ID:sEwkfXHy
おつかれさん
次から何だ?

214 :  :01/11/28 19:58 ID:1+clGZp9

昨日、ほとんど眠りながら更新してたけど、無事だったみたいね
>213 というわけで何を書こうとしてたのやら‥。

215 :- 12 -:01/11/28 20:01 ID:1+clGZp9

-12-

 先日とは違って今日はウマが合わないお客さんばかりだった。
 ”悪いことは続くもの”とは”マーフィーの法則”にあっただろうか?
 とにかく今日、お相手してきた人間は、二度と会いたくない人ばかりだった。
「ケイちゃ〜ん、今日はもう早退した〜い」
 一度”プレイルーム”を離れ、フロントにいるケイに向かって甘えた口調で
愚痴を言うとケイは優しく頭をこづいた。
「コラ、わがまま言わないの。大切なお客さんでしょ?そういうお客ってお金
をいっぱいもらえるんだから」
「まあそうなんだけど‥でも聞いてよ〜」
「はいはい、あとでね。私も忙しいんだから」

216 :- 12 -:01/11/28 20:02 ID:1+clGZp9

 本当にイヤなやつらだった。
 最初の男はナインティナインの矢部のような変なウェーブがかかったサラサ
ラヘアの軟弱そうな20代後半の人間だった。
 要求は純粋なSMプレイ。
 私が女王様で男が奴隷。言葉とムチで男を痛めつけた。背中にうっすらと内
出血が表れた時、男は発狂したように悦楽の叫びを吐いた。
 私はそれで終わり、と思い安心した直後に、いきなりその男が襲いかかって
きた。

 毒のような息を喉を震わせながら吐き、痛みで全身に浮いていた油汗を私の
肌にこすりつける。その時の目は弱者が虎の威を借りた狐のような下卑た獣の
目だった。
 想像だけどこの男は昔SMプレイでイタイ目にあったのだろう。その恨みつ
らみを私に向けてきた。
 そしてフェラの強要。小さいくせに結構長持ちで髪の毛をがっしりと掴まれ
何度も何度も前後に振られた。当然のごとく顔射され、白濁液がべっとりつい
た頬に唾を吐かれた。

 男は終始無言だった。終わった後も何も言わず、ただ万札を5枚、頭上から
ひらひらと舞い下ろし、私を蔑んだ。
 乱暴に扱われたため抜け落ちていた何本かの髪の毛の上に万札が被さる。一
瞬客だということを忘れてしばこうかと思った。

217 :- 12 -:01/11/28 20:05 ID:1+clGZp9

 次の客はいたって、普通のオヤジ。なぜそうする?と思うくらいテカテカに
ポマードを塗りたくり、ピッチリと9:1に横分けした黒い髪に、黒ブチのメ
ガネを装着した鼻デカオヤジ。
 肌は普段乳液をつけているかのようにツルツルしているが40代後半といっ
たところだろうか。

 このオヤジはまず私を正座させ、延々と説教をはじめた。「何でこんなとこ
ろで働いているのだ」とか「もっと自分のカラダを大切にしろ」だとか、じゃ
あこんなところに来てるあんたは何なのよ、と言いたかったけど、私は「すみ
ません」とただ謝った。
 すると自分がまるで全知全能の神であるかのように満足そうに鼻の穴を広げ
ていた。

218 :- 12 -:01/11/28 20:07 ID:1+clGZp9

 これも推測だけどこのオヤジは同じくらいの年齢の娘がいて、全くこいつの
言うことに耳を傾けなくて常日頃苛立っているのだろう。
 叱りつけたいのだが、その不満を表立って言うと逆ギレされる。それが怖く
てできない。
 だからその不満の捌け口として私を利用している。
 私を自分の娘に見立てて言いたいことを言っているっていうワケだ。

 だけど、そんな精神的な部分とは別にこのオヤジは説教中もチラチラと私の
少しはだけた胸の谷間を見ていた。そして、狭い密室と赤いシェード、そして
ほんの数十分前行われた行為の残り臭が漂うこの空間の中で、妻とのセックス
も飽和状態のオヤジの性欲が膨らまないわけがない。スーツの下からオヤジの
一物が勃起しているのがわかった。

 私が反省したように潤んだ目をする。それがオヤジを触発した。
 残り10分になって愛撫をしてきた。時間のなさも手伝ってか、慌てた愛撫
となりあまり感じることはなかった。
 実の娘にもするのかよ、という軽蔑の目線を向けるもオヤジは気付かずにた
だ私の胸やアソコを揉んだり舐めたりしていた。

219 :- 12 -:01/11/28 20:10 ID:1+clGZp9

 とにかく、すごく気が乗らない日だった。

 今日扱った二人のお客が気に食わないということもあったけど、マリのこと
が不安でしかたないということも理由の一つだった。
 ナツミの言った「どんな学校でも文学部の1年生は暇を持て余すもの」とい
う言葉。あれは真実のような気がしてきた。
 ナツミの言葉は純粋なココロがそのまま反映されているようでかなりココロ
に響くのだ。

 それにナツミがどうこう言う以前から私の中でも「大学生は暇だ」という定
説は中学生ぐらいの時からあった。周りに大学生はいなかったがテレビなどで、
大学生がコンパ(当時はコンパとは言わなかったかもしれないが)やらサーク
ルやらばかりで、授業なんてほとんど出ていない、みたいなドラマを見たから
だろう。

220 :- 12 -:01/11/28 20:12 ID:1+clGZp9

『マリがしょっちゅう帰ってこないのは、決して学校に行っているのではなく、
彼氏と遊んでいるから』

 私は今そう思っているのだ。
 幼い頃のマリを知っている私にはおよそ信じられないことだったけど、あん
なに落ち込むほどの彼氏に依存していたマリを見るとやはり認めないワケには
いかなかった。

 プルルルッと部屋の扉の横に据え付けられたインターホンが鳴った。私はし
まったと思った。先にケイに電話して「今日はもう止める」と言おうと思って
いたのに。このコールは十中八九新しいお客さんのお通りだ。

「はい、あの、ケイちゃん‥」
「次のお客さんだよ、よろしく!衣装はとりあえず普通で!」
 ケイちゃんは私がさっきから愚痴をこぼしていたので「帰りたい」と思って
いることを察していたらしい。先に言ってすぐさま電話を切った。

 あ〜あ、失敗したなぁ。
 しかたない、あと一人だ。
 私は無駄な気合を入れるため、一度自分の頬をパチンと叩いた。

221 :- 12 -:01/11/28 20:15 ID:1+clGZp9

 インターホンが鳴ると3分ぐらいで客がやってくるはずなのだが、なかなか
こなかった。冷房が効きすぎなのか、ほんの少し空いた時間が私のココロに小
さな風穴を開け、その中に冷気がすーっと入っていくような感覚を覚えた。

 仕事場は6畳ぐらいの小汚いところ。ココに足を踏み入れた時、もう大分慣
れたはずなのに、毎日のように嘔吐感を覚える。

 なぜそうなるのかわからなかったけど、最近暇つぶしに読んだ数学書のコラ
ムを見て、何となく理解した。

 ココは”虚数”の世界なのだ。
 実際にないものを人間の業が凝縮した概念だけで作り上げた異空間。
 だからそのひずみの境界線をまたいだ時、カラダに異変を感じる。
 これが嘔吐感の正体。

 そしてすぐそれが止むのは、やがて私という実数のカラダにこの部屋の虚数
が掛けられて私も虚数になっていくからだ。どんな客も同じように虚数にさせ
られて、ようやくヴァーチャルセックスを楽しむことができるのだ。

222 :- 12 -:01/11/28 20:17 ID:1+clGZp9

「こんにちは」
 数分後、やけに弱々しい声がようやく部屋に響いた。
「は〜い」
 どうやらオヤジではなさそうだ。年齢で好き嫌いははっきりさせないけれど、
どっちかといえばオヤジの方が異常な性癖な奴が多いので少しだけほっとした。

 扉をゆっくりと開かれる。
 背は男の人にしては低そう。ちょっと茶髪。鼻がちょっと高く横顔ではかな
り目立つ。

 そして正面を向き、自信なさげにつぶやいた。
「はじめまして‥」

 私は唖然とした。事実であることを疑うように瞳孔は開きっぱなしになり、
口は半開きのまま硬直した。
 虚数の世界に浸されたカラダの中に不適当な抗生物質を注入されたように拒
否反応を起こす。

 相手は元から虚数だったのだ。
 そして、虚数に虚数が掛け合わされて私は実数になった。

――現実にありえない事実。

223 :- 12 -:01/11/28 20:19 ID:1+clGZp9

 私は視覚を否定する。
 私は聴覚を否定する。
 私は味覚を否定する。
 私は嗅覚を否定する。
 私は触覚を否定する。

――いつか、ココロとカラダを引き剥がしてやる。

 カラダはこの腐った土壌の肥料にでもなればいい。
 ココロはマキが住む世界に移動して、永遠にマキに捧げる。そして愛し続
けてやる。

――その為に私は今生きている。

 だけど、どうして‥‥。

 どうしてあなたがそこにいるの?

「マキ‥」

 私は目の前の現実に向かって呟いた。

224 :  :01/11/28 20:21 ID:1+clGZp9

-11- (前回) >>201-211
-12- (今回) >>215-223

225 :あみ(略:01/11/29 21:23 ID:j7Bx4KsP
「FOLK SONGS」デイリー4位 保全。

226 :名無し娘。:01/11/30 17:33 ID:hJ402uzh
保全をしてみよう

227 :名無し募集中。。。:01/12/01 15:34 ID:+6uxHnvR
保全

228 :ねぇ、名乗って:01/12/02 03:54 ID:F+zoi82k

保全

229 :  :01/12/02 17:48 ID:VrSU9nKc

>225-228 保全ありがとうございます。
このままだと倉庫逝きかなぁ。人減ったし。ま、そん時はそん時。

230 :- 13 -:01/12/02 17:52 ID:VrSU9nKc

-13-

「はい?」
 相手は裏返った声をあげた。
「え?」
「あの‥」
「あ‥」

――違う。

 マキがこんなところにいるわけがない。
 私は首を意識的に強く振る。マキは肉体自体を憎む存在なのだ。この世界で
は生きられない人種なのだ。

231 :- 13 -:01/12/02 17:55 ID:VrSU9nKc

「どうしたんですか?」

 声も違う。
 もっと高い声のはずだ。
 顔もよく見ればちょっとだけ違う。といってもマキの顔はよく覚えていないが。
 身長ももうちょっと低かったはず。
 それに髪は腰の辺りまで伸びているはずなのに、この子は短髪だ。
 そしてなんといっても、この子は男だ。
 胸に目をやる。やはりあの大きくて柔らかい胸はない。
 股間に目を落とす。何となくすでに勃起しているような不自然な膨らみがある。

――やはり「男」だ。

232 :- 13 -:01/12/02 17:57 ID:VrSU9nKc

「あ、ごめん。ちょっとあまりにも若そうだったから。年いくつ?」
 客に聞いてはならないことを聞いてしまう。やはりまだ動揺がココロを支配
しているのか。
「え、え〜っと‥ハタチです‥」
 すぐにウソだとわかった。変声期を終えたばかりのような高音と低音が混ざ
った声から察するに、どう考えても私よりも年下だ。

「ごめん、変なこと聞いちゃったね。今日は何をしたいの?」
「あの‥いろいろ‥テクニックを教えてほしくって‥」
「テクニックってセックスの?」
「セックスもそうなんですけど‥女のカラダのこととか‥」

 こういう客はこの店ではめずらしかった。私は「ふ〜ん」と少年のカラダを
ジロジロと見回すと、いたたまれなくなったのか、少年は慌てた調子で口を開
いた。

「あの‥俺、そういうの知らなくて‥。でも最近、彼女ができて、そしたら、
キスまでしちゃって彼女はその後も期待してるみたいなんだけど、俺どうやっ
たらいいかわかんなくて‥それで‥」

「それでやり方を教えてほしい、と」
「はい!」
 私はやれやれ、と呟きながら目をつぶった。その一方で私は抑えきれない胸
の高鳴りが不整脈に波打っていた。

233 :- 13 -:01/12/02 18:00 ID:VrSU9nKc

 マキではない。

 だけど、やっぱり似ている‥。マキはこの世で生きている人間ではないはず
だ。形のないココロだけを追い求めた存在のはずだ。

 しかし、今目の前にはマキと似た人間が私の、そして彼女のカラダを求めて
いる。似ているのに全く違う。

――対極の存在だ。

 似ているとはいえ、この少年に向かって「マキ」と言ってしまったことに後
悔を覚える。そして今なお、今までの客にはない心境を抱いていることに自戒
する。

「じゃあ、とりあえずリードしてあげるから。一通り、やってみよっか?」
 私は誘惑する悪女のような艶やかな声を出したあと、少年を柔らかく抱きし
めた。緊張のせいかカラダが硬直している。ほのかに香る汗の匂いが、そこら
へんのオヤジとは違いかぐわしかった。汗はフェロモンの塊だということを初
めて認識した。

234 :- 13 -:01/12/02 18:03 ID:VrSU9nKc

 私は少年の手をつかみ、ノーブラで乳首がうっすらと立っているのがわかる
ぴっちりしたTシャツの上に持っていった。そして乳首を中心にさすらせた。
 下を見ると、ジーンズの上から勃起しているのがわかる。

「‥名前、ウソでもいいから‥教えて‥」
 しばらく間があったが少年は「ユウキ」と答えた。
「ユウキくんか。いい名前だね。私のことはサヤカって言って‥」
 淫らな余韻を作りながら私はユウキの唇にキスをした。確かキスはしたよう
なことを言っていたから私がファーストキスということはないだろう。
 だけど、私はそのまま舌をユウキの口に入れると、その口から微かに喘ぎ声
がした。こんなに深いキスをされたのは初めてということを言っているような
淫らな吐息だった。

235 :- 13 -:01/12/02 18:06 ID:VrSU9nKc

 一度10cmほどの至近距離で私たちは見つめあった。
 「サヤカさん‥」というユウキの鼻息混じりの声で私は表情を崩す。赤らん
だ頬を一度舐めてから、ジーンズのベルトを外し、ジッパーを下ろす。露出し
たトランクスの前に着いているボタンを外す。すると、細身のカラダ付きとは
不似合いなほど、たくましく、そして、清潔な感じがするペニスが桃色に変色
しながら反り返っていた。

 私はそれを口に含み、やさしくしごく。
 頭上ではさっきよりも大きなうめき声が生々しく聞こえる。カラダは口に入
っているものと同じように硬直している。
 しばらくしてユウキは射精した。
 若さだろうか、ペニスが異常な速さと大きさで脈打ち、精液が飛び出してい
る。私はユウキの精子をほとんど全部飲み込んだ。

 生臭い、苦い、汚い。

236 :- 13 -:01/12/02 18:07 ID:VrSU9nKc

 だけど、ユウキの体温がしっかり包まれていたその液体は、そんな嫌悪感を
払拭させる何かを持っていた。
「大丈夫?」

 カラダ全体に汗が浮いていた。ユウキはそれを腕で拭いながら言った。
「う、上手すぎです‥」
「そりゃあ、慣れてるからね。彼女にこれくらいのこと期待しちゃダメよ」
 教育だなんて言っておいて、てんでそうなっていないことに気付いた。もし
かしたらユウキの彼女が同じことをやっても「サヤカの方が上手かった」と思
ってしまうかもしれない。

 そして、何でこんなにすんなりフェラチオをやってしまったのか、と思った。
 キライだったはずなのに。
「じゃあ、今度は私を愛撫して」
 私は半立ちでまだ透明な液が亀頭の先端に残っているペニスをティッシュで
ふき取りながら言った。エロティックな眼差しを向ける。
「う、うん」
 ユウキは手を震わせながらTシャツを脱がしはじめた。

237 :- 13 -:01/12/02 18:11 ID:VrSU9nKc

 教えながらの愛撫は延々30分続いた。一度射精したユウキの萎えていたペ
ニスが再びはちきれんばかりに立っていくサマをモモの裏側を舐められている
時に目撃した。ハタチを超えた人間ならこうは簡単に復活はしない。

 ユウキはどんどん上手くなっていくのが感部からの感覚でわかる。暖かい舌
でクリトリスをコロコロと転がした時に私はビクッと過敏に反応した。する
と、ユウキは一度私の目をみつめ、優しく微笑んだ後、そこばかりを攻めるよ
うになった。私の性感帯をすぐに察したのだ。

 やがて、私は指導の声を出さなくなった。いや、出せなくなった。私はそん
なに敏感なほうではないしユウキの愛撫も少しは上達したとはいえ、まだ素人
の域を超えていないはずなのに、この痺れる感覚はなんなんだろう?

238 :- 13 -:01/12/02 18:12 ID:VrSU9nKc

 私にとっての究極の前戯を終え、未だ居場所に落ち着けず、そそり勃つユウ
キのペニスを見た。天井を向いたグロテスクな一物は安らげる場所を求めてユ
ウキの荒い息遣いに併せて、先端が上下に揺れている。
 私はそれを上の口にもう一度含んだ。

「サヤカさん‥そっちじゃなくて‥」
 舌で亀頭を舐めまわしながら私は目線を上げ、「何?」と投げかける。

「下にいれたい‥」

 ユウキは感じながらも必死で言った。
 私は一度狡猾な笑みを見せた後、ユウキの言葉を無視して、右手と口を巧く
使い、最初よりも激しくしごいた。

「だから、サヤカ‥さん‥」
 それ以上ユウキは言わずただ神経をペニスだけに集中しはじめた。男にしか
出せない猛獣のような喘ぎ声が何度も何度も部屋中に響く。やがて、ユウキは
2回目なのに水鉄砲のように勢いよく射精した。喉の奥の方にまで当たった。

239 :- 13 -:01/12/02 18:16 ID:VrSU9nKc

「はぁはぁ‥。サヤカさん、どうして‥?」
 ユウキは自分の思い通りにならなかったことに対して、嫌悪というよりも不
思議な気持ちで見つめてくる。さすがに二回も大量の精液を飲みこんだので胃
の中が少しギュルギュルと音を立てた。
「だって、これって練習なんでしょ?最後までさせちゃったら、彼女に悪いじ
ゃん。童貞は好きな人に捧げなきゃ」
 舌に残っているユウキの精液を指で触れ、中指と親指で擦りながら私は言った。
 その手を自分の性器に近づける。下半身はまだイっていない疼きを覚えていた。
 私のカラダとしてはすごい中途半端だったから、あとでオナニーしようと思
った。

「サヤカさんってロマンチストなんですね」
 ”捧げる”という言葉がユウキにそう言わせたのだろう。確かに自分にそう
いう部分が大きいのは認めるが、こんな場所で裸で性欲処理をした直後ではさす
がに似合わない表現だ。
「そう?すごく現実的なことをしていると思っているんだけど」
「う〜ん、そうですね。じゃあ、リアリスティックなロマンチストってことで
‥ってあれ?矛盾してる?」
 私は苦笑した。するとユウキも照れながら続いて笑った。

240 :- 13 -:01/12/02 18:17 ID:VrSU9nKc

 それからしばらくして私は、
「女のカラダの仕組みは大体覚えたでしょ?個人差はあるけど、性感帯なんて
どこも似たようなものだし」
と、”今日のまとめ”のようなことを言った。

「はい、自信がつきました。ありがとうございました」
「愛撫はなかなか上手かったよ。同じことを彼女にしてあげれば、きっと喜ぶ
と思う」
「はい」
「でも一つだけ忠告」
「はい」
「フェラチオは強要しないほうがいいかもね。女の人で好きな人はあんまりい
ないと思うし」
「そうなんですか?結構気持ちよかったんですが‥」

 私は口惜しそうな表情を浮かべているのを見るとどこか滑稽でつい笑ってし
まった。
 ちらりと時計を見る。もうすぐユウキがやってきて1時間が経つ。

241 :- 13 -:01/12/02 18:18 ID:VrSU9nKc

「じゃ、個人授業はこれで終わり。授業料は5万ね」
 ”個人授業”ってモロ、アダルトビデオだなぁ。この部屋のどこかにカメラ
がつけられていて、録られていて、そんでもって売られたりして‥。そしたら、
売れるかもね。あ、でも最後までやっていないから高くはないかも‥。

 そんな馬鹿なことを考えながら服を着ていると、ユウキは財布から万札を5
枚取り出し、私に手渡そうとする。ユウキのような私よりも年下の少年が5万
円を惜しげもなく出すところを見ると変な違和感を覚えたのであまり顔を見な
いようにして受け取った。自分の財布に5万円をしまっている時にユウキは言
った。

「お願いがあるんですけど」
「何?」

「最後にもう一度舐めていいですか?」

242 :- 13 -:01/12/02 18:21 ID:VrSU9nKc

 私の下半身をユウキは物欲しそうに見ていた。うつむき加減の顔は最初に初
めて見たときよりずっと大人びて見え、ドキリとした。

「うん‥」
 私は細い声で頷いた。私の出した音の尾びれには、今まで出したことのない
フェロモンがくっついているような気がして驚いた。
 料金を追加しようとは微塵も思わなかった。

 それにしても、私のカラダの疼きをユウキは知っていたのだろうか?知って
いてそんなことを言ったのだろうか?

 だとしたら相当なフェミニストだ。
 ユウキは無駄のない動作で私のパンツを脱がし、下半身に顔をうずめ、私が
さっき言った通りに優しく舐めはじめた。

 そして、私はイった。

243 :  :01/12/02 18:24 ID:VrSU9nKc

-12- (前回) >>215-223
-13- (今回) >>230-242

244 :あみ(略:01/12/02 21:56 ID:2mit8hW6
おぉー 〔 ´Д`〕が出てきたか・・・

245 :ねぇ、名乗って:01/12/04 00:07 ID:joqx30aq

保全

ユウキか。
彼は今、何を思っているのだろうか。

246 :あみ(略 改め(((☆_☆)/:01/12/04 21:57 ID:tf7t6ljD
保全

247 :ねぇ、名乗って:01/12/06 00:17 ID:olQPOLcQ

保全
 

248 :名無しさん:01/12/06 21:45 ID:tbBsONWX
ほぜん

249 :名無しさん:01/12/07 01:55 ID:zWCg8vrr
期待保全。

250 :(((☆_☆)/:01/12/08 06:01 ID:i2S9RW2s
気長に待つ保全

251 :  :01/12/09 07:01 ID:uFo2PJyd

>>244-250
遅くなりました。もうちょっとペースを上げたいところなんですが‥。
気長にお付き合いください。

252 :- 14 -:01/12/09 07:02 ID:uFo2PJyd

-14-

――今日、夢は見たのだろうか?

 人間は毎日、いくつもの夢を見ているらしい。起きてからも覚えている夢と
いうのはレム睡眠という浅い眠りの時かつ起きる直前に見た夢に限られるらし
い。それが本当だとすると今日も私は何らかの夢を見ていたことになる。

 しかし、マキの夢はそれとは性質が異なるような気がしていた。
 どんなに深いところにいる状態であってもマキは悪魔のような天使のような
手で持って強引に引きずるように夢に現れる。それは私の眠りのリズムを歪ま
せ、衝撃を与える。そのせいで起きたときも余韻が残る。
 つまり夢が外力のせいで記憶に焼きついてしまう。そう解釈していた。

 だからマキが出たことを忘れたのではなくて、マキは出てこなかったと考え
るほうが正しいと思う。リズムが崩れたようなココロの歪みは感じられなかっ
た。
 マキはどう思っているのだろう?今までも聞いたことのないマキの心情を私
は今まで以上に知りたくなった。

253 :- 14 -:01/12/09 07:04 ID:uFo2PJyd

「フロントの前であくびをしない!」
 後ろからの怒声で私は背筋がピンと立った。振り返るとユウコが眉根を寄せ
ながら私を見ていた。
「あ、ごめん。あんまり寝つけなくて」
 カラダが重かった。重い鉱石のような塊がカラダ体中の皮膚のすぐ下に埋め
られているような気持ち悪さを感じていた。

 食欲もなかった。マリがせっかく作ってくれた御飯と味噌汁をムリに食べる
と胃が拒否反応を起こして戻してしまった。美味しいはずの白米や味噌汁の中
のネギが私の内部に入ると毒に変質してしまうみたいだった。

254 :- 14 -:01/12/09 07:05 ID:uFo2PJyd

 マキに対する罪悪感だろうか?
 少なくともユウキとの行為の間、私はマキの要求、そしてマキの存在を完全
否定していた。

 固有名詞を失った性的浮遊体だった私にユウキは「サヤカ」という命を吹き
込んだ。
 その瞬間、淫猥な自我が目覚める。それは「カラダとココロは決して離れる
ことができない」ということを実践しているようなものだった。
 ユウキは実数となった私の体をココロで持って貫いた。温かな桃色の突起物
が私のカラダもココロも夢中にさせた。

 だからこそ教えてほしい。マキはどう思っているのかを。
 私を否定してほしい。そしたら絶対それに従順するから。

255 :- 14 -:01/12/09 07:06 ID:uFo2PJyd

――「自信がつきました。ありがとうございました」

 え?

 声が聞こえた。
 その方向は全くわからなかったけど、とりあえず考えられる方向に振り向く。
「ユウちゃん、何か言った?」
「ん?何も言ってへんで。ていうか”ユウちゃん”はやめぇや」
 ユウコはアクビをしながら言った。私の緊張したココロとは対照的だった。
「ウソ。言ったでしょ?『ありがとう』って」
「何でアンタに『ありがとう』って言わなアカンねん‥ってどうしたん?サヤ
カ?」

 顔を青く変えながらユウコは尋ねていた。
 そんなユウコを消え行く視界の端で見た。
 目の前が白いペンキで塗りたくられていく。その間を割ってある感情の塊が、
弓矢となって私の胸をまっすぐに刺し抜く。
 痛みはない。ただ胸のあたりで刺された音だけがした。

 私は意識を失った。そして別の意識が入り込んでくる。

256 :- 14 -:01/12/09 07:16 ID:lsLfUlE0

 ユウキの喘ぎ声がした。
 ユウキの背中が見えた。裸だった。
 私は傍観していた。
 ユウキの下には長い髪を振り乱した女がいた。
 私とは別の女。
 顔の見えないその女に私はココロの底面をくすぐられる。

 異様なリアルさがカラダの中に埋め込まれた鉱石の重みをさらに増してきた。

257 :- 14 -:01/12/09 07:17 ID:lsLfUlE0

「サヤカ!」
 気が付くと私は休憩ルームで寝ていた。
 ひどく汗をかいていた。視界にはユウコとナツミの青白い顔があった。

 白昼夢を見ていたことに気づく。
「大丈夫?」
 ナツミのあまりの心配顔にこっちが逆に心配になった。私は立ち上がってナ
ツミの頭をポンと叩き、「大丈夫」と笑顔で言った。
 冷房によって冷やされた全身の汗が体温を奪っていく。

 これは余韻なのか、胸にぽっかり穴が開いている気がする。そしてその穴に
空気が通り抜けていく。違和感からその胸を抑えた。
 私はユウキの幻聴を聞いていたことを理解した。
 弓矢が胸に刺さった音を聞いたとき、その胸からは嘆きの声が発散された。
きっと弓の中に感情が込められていたのだろう。
 私は認めたくなかった。それはマキを否定していることになるから。だけど
どんどん重力に押し潰されそうになっている自分のカラダはその感情を認める
方向に進んでいた。

258 :- 14 -:01/12/09 07:17 ID:lsLfUlE0

「もう帰ってもいいで。二人で何とかするから」
 ユウコは私のカラダを危惧して、そう促す。
「違うって。ホント大丈夫だって」
 何かをやっていないと私はヘンになりそうだった。まだ残っている白昼夢の
残像を消し去る術はカラダを休ませることではない。そう気づいていた。
「じゃ、フロント戻りま〜す」
 私はやけに高い声をあげて、私は休憩ルームを飛びながら離れた。

 私は弓矢の傷を癒すように、何度も何度もつぶやいた。

「私は認めていない」
「私はウソなんてついていない」
「私は‥‥恋なんてしていない」

――言葉の空しさが白昼夢をさらにリアルなものへと変えていく‥‥。

259 :- 14 -:01/12/09 07:19 ID:lsLfUlE0

-13- (前回) >>230-242
-14- (今回) >>252-258

260 :ねぇ、名乗って:01/12/10 03:16 ID:CpQ0kQ5F

保全
 

261 :(☆_☆):01/12/10 22:52 ID:/a0jyuJT
遅くたってかまわないよ。
いい作品は時間がかかるもんやで。
とりあえず頑張れ

262 :  :01/12/11 17:28 ID:NcSI/TLp
保全ありがとうございます。おかげでまだこのスレは生き延びそうです。
ストックはまだ残っているのですが、この1ヶ月何にも進まなくて調整
の意味でもゆっくりやってます。

263 :- 15 -:01/12/11 17:30 ID:NcSI/TLp

-15-

 それからは私のカラダに異変はなく、ユウコもナツミも心配そうな顔はしな
くなっていった。
 フロントから休憩ルームを覗く。ユウコがいつも通り腰を落ち着かせて、タ
バコをプカプカ吸っている。
 ただ、今日は格段に上手そうに吸っていた。

「ホントにユウちゃんって客を選ぶよね」
 私の耳下でささやいたナツミ。私は苦笑しながら同意した。

 20分前、1組のカップルが来店した。腕をからめる男と女。いちゃいちゃ
するのは日常茶飯事でもう慣れたものだが、癇に触れたのはその男女はどうみ
てもエンコー関係だったということだ。父と娘ほどの年齢差の男と女が恋人の
ように振舞っている。

 いや、恋人になりきれていないからこそ、”恋人らしい”仕草を大げさなほ
ど見せつけているのだ。そんな二人だったから私はエンコーなんだと確信した。
二人の間に万札が数枚プカプカと浮かんでいるような気がした。

264 :- 15 -:01/12/11 17:32 ID:NcSI/TLp

「ホント、ナッチには信じられないよ。カラダを売るなんて‥」
 ナツミの脱力気味のつぶやきはたまたま近くに来ていたユウコの耳に届き、
ユウコの逆鱗に触れることになった。
 ユウコはそのカップルが入れた部屋にノックするだけで反応も待たずにズカ
ズカと入り込んで、数分後、カップルを店から追い出した。もちろん、そのカ
ップルは怒り心頭のようだったが、出て行ったあとのユウコの顔は満足感でい
っぱいだった。

「まだ、エンコーって決まったワケじゃないじゃん。単なる仲のよい父と娘な
のかもしれないし」
 それはないと感じていながら聞いた。
「ちゃんと聞いたで。援助交際ですか?って」
「な!」
 ナツミがユウコのあまりのストレートな言い方に絶句する。
「否定せんかったからな。『当店では犯罪者の入店を固くお断りしております』
って言って帰ってもらった」

265 :- 15 -:01/12/11 17:33 ID:NcSI/TLp

 いや、おそらくそんな丁寧口調で言ってはいないだろう。おそらく関西弁で
本性丸出しで追っ払ったに違いない。想像するとちょっと口に笑みがこぼれて
しまった。
 一仕事を終え、”勝利のタバコ”に酔いしれるユウコをまた見る。

 なんて、自分に正直な人なんだろう。

 自分の信念をはっきりとさせ、それ以外を盲目的に排除する。ガンコと言え
ばそれまでだが、その融通の利かないところは限りなく尊い。
 彼女と付き合える男なんてザラにはいないだろう。”お高い”というワケで
はなく、歩み寄りをしないユウコを認めてくれる大らかな人間というのがユウ
コと付き合う第一条件なのだ。
 そんなユウコを尊敬の眼差しで見つめると同時に、いつかくるであろう悲し
い予感にビクビクする。

266 :- 15 -:01/12/11 17:34 ID:NcSI/TLp

 私はいつかその信念に弾き返される日は来るだろう。
 ユウコとどんなに親密になったところで、私の背負う過去、そして隠してい
ることに触れた時、その関係はもろく崩れ去ってしまうだろう。
 対処法なんてものはない。ただ、その日ができるだけ遠い未来であることを
願うのみだ。
「さ、仕事しよ」
 私はナツミに促した。
 何となくユウコを見ることさえつらくなっていた。

 今日は基本的に私がフロント業務でナツミがホールでドリンクとかを持って
いく係りになった。もちろん状況に応じては逆にもなるが基本にはこうだ。

267 :- 15 -:01/12/11 17:35 ID:NcSI/TLp

 ある女性が来たのはナツミがトイレに行っているときだった。
 ワインのような真っ赤なノーショルダーのシャツに紺色のスカート、金色の
髪を上手く束ねていてすごく大人っぽい。背丈はカオリより少しだけ低いぐら
いか。

 一人で来る客はめずらしい。たまにはいるがその大抵は世間の荒波に飲まれ
た結果ボロボロになったおじさんか、時間を持て余している中学生ぐらいの男
子、もしくは歌手を目指して歌いにくる希望に溢れた少女(ただしブサイク)
とタイプは決まっていた。

 この女性はどのタイプとも合わない。

268 :- 15 -:01/12/11 17:37 ID:NcSI/TLp

「いらっしゃいませ」
 私は見上げるように言った。
「1名様でしょうか?」
「いえ」
 女性は辺りをフロントの向こう側を見る。

「実はおとといに携帯電話を忘れたんですが‥」
 その背の高く気品のありそうな立ち姿とは違い、声は少しこもっていて子供
っぽかった。
「じゃあヨシザワさん?」
 ”ヨシザワ”という名前がパッと記憶から引き出されて口に出る。
「はい。ヨシザワヒトミです」
「え?」
 ちょっと目の色を変える私をこの女性はめざとく見つけた。
「何か‥ヘンでしょうか?」
 私は「いえいえ」と慌てて謝った。

269 :- 15 -:01/12/11 17:37 ID:NcSI/TLp

 ヒトミという名前を聞いて私は敏感に、”マリア”で働くヒトミを思い出し
てしまっていた。その女性は口元に静かな微笑をこぼしながら黒のサングラス
を外した。
 私はその顔に驚いた。えらく美人だ。そして”ヒトミ”の名前に恥じないほ
どの大きな瞳からは魔力にも似た不思議な光を放っていた。
 驚きの表情をよそにその女性はにこりと微笑んだ。いや確か16歳なはずだ
から少女というほうが正しいのかもしれない。

 私はなぜか”マリア”で働いているヒトミと比較してしまう。どちらも端正
な顔立ちだが少し違う。あっちのヒトミは守ってやりたいようなかわいらしさ
だが、こっちのヒトミは絶対的な自信とともに年不相応なかわいらしさと綺麗
さをミックスさせている。

270 :- 15 -:01/12/11 17:39 ID:NcSI/TLp

「すみませんが免許証とか、身分証明証とかを見せてもらえませんか?」
「はい、高校生なんで‥学生証でもいいですか?」
「え?高校生?」
 目を丸くする。もっと大人びて見えたからだ。
「はい、見えません?」

 ヒトミは実年齢よりも上に見られることに慣れているようで、目を細めて笑
いながらそう言った。
「すみません。学生証でももちろん結構です」
 つい自分より年上の人間に対するように話してしまう。ヒトミは財布の中か
ら学生証を取り出して私に見せた。都内に通う高校一年生のようだ。
 その時ナツミが用を済ましてフロントにやってきた。ヒトミがいることに気
付くとすぐに、「いらっしゃいませ」と声をかけていた。

 ナツミとヒトミは目が合う。ナツミはすぐにわかったようだ。
「あ〜、ヨシザワさん?」
 ヒトミは柔らかな笑みを浮かべながらうなずいた。ナツミは私のすぐ横に立
ち、肘で脇腹をつつく。それでヒトミはおととい、カラオケルームでエッチな
ことをしていた人間だとようやく思い出した。あの白黒のモニターに映ってい
た”男と女”。

271 :- 15 -:01/12/11 17:43 ID:NcSI/TLp

 私はヒトミを一目見てすぐにナツミの言っていたことは正しかったのだと感
じた。
 このヒトミが男に弄ばれる人間とは到底思えない。つまり、ヒトミは女のカ
ラダを弄んでいた人間――つまり私たちが男と間違えていた人間なのだ。

「二人とも美人ですね。お二人目当てでやってくる男の子とかいるでしょう?」
 ヒトミは言った。
「そんな〜、いないですよ。美人だなんてそんなぁ〜」
 ナツミがどこかのオバさんぽく右の手首を振って恥ずかしそうに応えた。こ
れが美人があまり美人じゃない人間に言う少し皮肉が入ったお世辞だとは気付
かないのだろうか。

「いやいや、美人の上にどこか幸せそうな顔してますね。いいことあったんで
しょう?」
 ヒトミがナツミだけを見て言う。すると、ナツミは、
「え?いやいや、あはは」
と下手に口を濁していた。

272 :- 15 -:01/12/11 17:44 ID:NcSI/TLp

 毎日のように顔を合わせる人間は慣れてしまうとまともに見ることはなく、
目に見える変化だけを追いがちなる。ナツミとは毎日とは言わないが、バイト
に入る度に会う。いつのまにかナツミを”空の笑顔しかしない”人間と捉え、
今日もその偶像を、一瞥したナツミの輪郭に結び付けていた。

 ヒトミの言葉を受けて、ナツミをまともに見た。
 確かに笑っている時間が長いような気がした。しかも、いつもと違ってそこ
には何らかの意味が含まれている。ヒトミの言う通り、何かあったとしか考え
られない。

273 :- 15 -:01/12/11 17:45 ID:NcSI/TLp

 私は携帯電話と学生証をカウンター越しに手渡した。
 少し気分が悪かったのはヒトミがあまりにも落ち着き払っていて、浮世離れ
している感じがしたからだ。何か私のココロを全て見透かしているようで、気
に食わなかった。

 だから悪戯心に少し、その冷静なココロに動揺の雫を垂らしてやろうと思っ
た。

「ありがとう」
 ヒトミは軽く礼をする。それに合わせて私は言った。

「また、来てくださいね。あの恋人の方と」

 私はちゃんとレズシーンを見てましたよ、という意味をこめた一種の侮蔑の
目を送る。
 しかしヒトミはそんな私をあしらうように長い首をさらに長くして笑った。

274 :- 15 -:01/12/11 17:52 ID:NcSI/TLp

「はい。また”彼女”を連れてきますね」
 そう言い残し、小さいバッグを肩にかけ、マッドフレームの高級そうな黒の
サングラスを着けながらヒトミは店を去っていった。
 ポーンという間延びしたチャイムが鳴り響く。今日はいつも以上の虚しい響
きだった。

「サヤカ‥?」
 ナツミは負けた、という表情をしている私を不思議そうに見ていた。
「‥‥」
「どうしたの?」
「う〜ん、確信犯だったみたいね‥」

 また、ヒトミは”彼女”を連れてくるだろう。そしてカメラを意識しながら、
私たちに見せつけるようにエッチをするのだろう。

 その時、私は働いていたくないな、と思った。

275 :- 15 -:01/12/11 17:55 ID:NcSI/TLp

-14- (前回) >>252-258
-15- (今回) >>253-274

276 :(☆_☆):01/12/12 21:55 ID:q077QWlv
更新ありがとう保全

277 :(☆_☆):01/12/13 21:39 ID:/icM5KwE
次が楽しみ保全

278 :ねぇ、名乗って:01/12/14 05:11 ID:Jvr2vcG5
あれ?
ヒトミが二人?
それとも。。。

279 :ねぇ、名乗って:01/12/14 10:02 ID:5rAmB7/L
どうもイメージが合わないと思ってたら、そういうことだったか。

280 :名無し娘。:01/12/14 10:54 ID:qpPNGskd
かなりレベルの高い小説だなあ。面白いというより凄い。

281 :ねぇ、名乗って:01/12/15 02:30 ID:aunilOEo
>279
なにが?

282 :ねぇ、名乗って:01/12/15 02:32 ID:QU7MYn2d
>>281
( ´ Д `)<ぼくにはわかる

283 :  :01/12/16 06:29 ID:OnOJ4gvA

市井握手会行ってきました。
寒かった。化粧濃かった。ヲタがうざかった。
まあ、俺も朝一に到着して前の列に構えたヲタなんだけど。
こんな市井小説を書いてる俺が何の罪悪感もないのはなんでだろう?

保全ありがとうございます。ここからは年末までこまめに出していきます。
毎日は不可能ですが。

284 :- 16 -:01/12/16 06:41 ID:OnOJ4gvA

-16-

 その日もナツミは私を食事に誘った。今日は風俗の仕事はなく暇だったが
「2時間ぐらいしか空いていない」とウソを言って断ろうとした。
 しかし、「それでもいい」と言われてしまった。前回は自分を追いこんでい
るふしがあったのに今日はない。
積極的なナツミは見ていてちょっと奇妙だった。
 結局、私は断る理由を逸したこともあって2時間だけ付き合うことになった。

 前回と同じようにナツミは私のバイトが終わるまで1時間ほど待ち、近くの
24時間営業の喫茶店に寄った。なかなかお洒落な店構えで店員の客当たりも
良いとは思うのだがなぜか人が入らない不思議なところだった。そこで、ベー
コンのホットサンドを二人とも頼んだ。
 正面に向き合った時、ナツミは純粋なままの笑顔を浮かべていた。多分、私
のような汚れた肉体では決して作ることができない笑顔だった。
 ふとマリに近いと思った。正確に言うと昔のマリにだ。

285 :- 16 -:01/12/16 06:42 ID:OnOJ4gvA

「何か良いことあったの?」
 私はナツミがいつもとは雰囲気が違うことをヨシザワヒトミが指摘して初め
て気付いた。あのヒトミはそういう人のココロを読み取ることができるのだろ
うか。
 それからナツミの様子を観察したのだが、確かに違うナツミがいた。

 自分の中にこもるようなところを一切見せず、客や私たちと接していた。ナツ
ミにとって笑顔とは自分の陰湿な部分を隠す武器のはずなのに、今日のナツミの
それはどう見てもココロからのもののようだった。

「へへへ〜、わかる〜?」

286 :- 16 -:01/12/16 06:43 ID:OnOJ4gvA

 黒の無地のハンドバッグからナツミは携帯電話を慌てた手つきで取り出し、
その後ろを見せた。
 そこにはプリクラが一枚貼られていた。
 男と女がいた。一人はナツミだろうが顔にカラフルなペンで塗られていてイ
マイチ顔がわからない。
「あ、もしかして?」
 ひらめきとともにナツミを見た。必死で堪えようとするもこみ上げる感情に
はかなわなかったのか、表情を崩した。
「うん‥おとといあんなこと言ってたんだけど‥彼氏出来ちゃった」
 申し訳なさそうに、ナツミは上目遣いをする。
「へえ〜、どうやって?ていうか早くない?」
「いやあ、それがさあ、サヤカと別れてからおウチに帰ろうとしたんだけどそ
の途中にね、ストーカーに遭ったんだべ」
「ストーカー?」

「うん、私をずっと付けて来る人がいてね。電車の中でも、降りて歩いていて
も後ろにいたんだべ。真っ赤なセンスの悪い帽子を被っていたから鈍感なナッ
チでもすぐわかった」
 ナツミは怪談話をしているように私を脅そうとする。怖い話は苦手だし、ナ
ツミはそういう雰囲気を作ることが上手いようだ。
 私はちょっと怯える。

287 :- 16 -:01/12/16 06:44 ID:OnOJ4gvA

「それに一回パッと振り返ったらその赤い帽子の人はサッと後ろを向いたから、
『ああ、ストーカーだ』って気付いたの」
「まさか、そのストーカーが彼氏になったとか?」
 常識では考えられないがナツミはある意味私の常識外の人間だ。

「んなワケないよ。それで私ね、怖くなって走り出したの。一瞬後ろを見たら
その人も走ってきて‥」
「うん」

 なぜか頭の中にはジョーズのテーマが流れてきた。私にとっては恐怖の象徴
なんだろう。なんて貧困な想像力だと嘆きながら、その頭に流れる音楽に怯え
ていた。

「曲がり角をぶつかったらバ〜ンと!」
 私はツバを飲み込んだ。ナツミは自分の前で腕を組む。そして上を見上げる。
「王子様が現れたの」
「はぁ?」
「だから、王子様」
「それがコレ?」
 私は携帯電話に貼られたプリクラを指差すと「コレ」と言われたことに一瞬
だけ怪訝な顔をしてからナツミは大きく頷く。
「ま、つまり彼がね現れて‥」
「なるほど。助けてくれて、それで付き合った‥と」
「うん!」
「なんかドラマチックだね〜。月9のドラマの主人公みたいだ」

288 :- 16 -:01/12/16 06:59 ID:6r+TB/dJ

 そう言うとナツミは照れていた。”月9”というのは完璧なお世辞で、正確
に言うとチープな昼のドラマだと思った。でもこういうほうがナツミらしい。
「どんな人なの?」
 ナツミは「質問して」と言わんばかりの好奇に満ちた目で私に訴えかけてき
たので、とりあえず聞いた。
「うん、優しくてカッコよくて、それで――」
「結構ひょうきんもの?」
 私は口を挟んだ。
「うん、何でわかったの?」

 私は再びプリクラを指差した。
「顔に落書きしてるでしょ?二人で撮った最初のプリクラなら思い出を大切に
しそうなナツミだったら絶対何も書かないはず。じゃあこれは彼がやったって
いうことになる。こんなことやる男なんて結構なひょうきん者だろうし」
「へえ、なんかサヤカって探偵の人みたいだね〜」
「まあね、プロファイリングの勉強してるし」
「そうなんだ。カッコいい〜」
 おいおい本気にしないでよ。大体「プロファイリング」って何なのか知って
いるのか?私だってよく知らないで適当に言った言葉なんだけど‥。

289 :- 16 -:01/12/16 07:00 ID:6r+TB/dJ

 そう呆れる私を無視してナツミはただ幸せそうに笑っていた。どんなへりく
つをこねたってこの微笑みの前には王水をかけたように溶けてしまう絶対的な
ものに思えた。

 私はナツミの幸せを付き合いが短いとはいえ、ささやかに願っていた。だか
ら、こんな明るい顔をするナツミを無条件に微笑んで受け止められるはずだ。

 だけど、私はかつてのナツミのように笑顔を”作っている”自分に気付いた。
それを知られたくなくて一度目をギュッと閉じ、底に湧いている鬱屈したもの
を押さえつける。
 そうやって意味不明の葛藤と闘っていた。
「どうしたの?」
 ナツミは不思議そうに尋ねると、私は「なんでもないと」と首を横に振った。

「もうエッチしたの?」
 私は唐突に聞いた。ナツミは大げさに首を横に振る。
「まさかぁ、キスもまだだよ」
 私は眉をひそめた。

290 :- 16 -:01/12/16 07:01 ID:6r+TB/dJ

「本当に付き合ってるの?出会ってまだ2日でしょ?」
「だって、それにプリクラも撮ったし、電話番号も交換したし‥」
「告白は?したの?されたの?」
「いや、どっちも‥」
「はあ?じゃあまだ付き合ってるって言えないんじゃ‥?」
「でもねでもね、たまたま二人とも昨日予定なかったからデートしたんだよ。食
事して映画行って‥」

 弁明みたいに早口で喋る。拳をグーに構えて力説をしている。
「それでキスは?されなかったの?」
「うん、でも最後に手を繋いでくれたんだ」
 また嬉しそうにナツミは自分の小さな手を見つめながら言った。私はただた
だ呆れた。

 きっとこの男も恋愛経験がほとんどない童貞クンなんだろうなぁ。でもそう
いうやつのほうがナツミにはお似合いかもね。
 そして、もうちょっとナツミを心配しようと妙な母性が働いていた。

 注文したホットサンドはいつの間にかテーブルに置かれていた。それに気づ
き、食べるともうホットではなくなっていた。

291 :  :01/12/16 07:02 ID:6r+TB/dJ

-15- (前回) >>253-274
-16- (今回) >>284-290

292 :-17-:01/12/16 16:45 ID:mZB0aAbr

-17-

 家に帰るとマリがいて驚いた。
 時間的にはいてもいいから驚くべきことではない。私が驚いたのは、すでに
上下長袖のピンク色のパジャマに着替えていたことだ。いや、もしかしたら着
替えていないのかもしれない。今日一日ずっと同じ服を着ていた。つまり外出
を一秒たりともしていないということになる。
 外出好きのマリにはあまり考えられないことだった。

 「ただいま」という私の声にも後ろ姿が上下に揺れるだけで”窓際リーマン”
のような物寂しさが見え隠れした。
 右手にはマグカップを持っている。私はもう一度、今度は若干大きめに呼び
かけると、マリはゆっくり振り向いた。

293 :-17-:01/12/16 16:46 ID:mZB0aAbr

「おかえり」
 そのマリの表情には隠そうとも隠すことができないくらいの翳が宿っていて、
私は一瞬背筋が凍る。いつもの明るいマリの全人格をひっくり返したような気
がしたからだ。

 失恋というものはこうも強力なダメージを受けるものなのだろうか。一昨日
よりも昨日よりもずっとその落ち込みかたは激しかった。それは明日も明後日
も続くのだろうか。そしてどんどん深い闇に落ちていくのだろうか?

「今日は外出しなかったの?」
 マリはうなずく。
「学校行かなくてよかったの?」
 またマリは無言でうなずく。
「体調悪いの?」
 今度は首を横に振る。やはり無言で。

 それからもマリはほとんど口を開かなかった。活字がびっしりと埋まってい
る小説を手に持っているが、薄くよどんだ黒目は焦点が合っているとは思えな
かった。

294 :-17-:01/12/16 16:49 ID:mZB0aAbr

 何となく違うと思った。一度、マリは失意のどん底に落ちている。しかし、
何かが別のさらなる深い底に落としたのだ。
 そう思う理由は説明がつかない。言うなれば、幼馴染としての長い年月がそ
う唱えている。

「マリ‥また、何かあったの?」
 マリは反応した。ほんの少しだったけど、あごが上下に振れ、肩が揺れた。
「あったんだ‥」
「‥‥」
「‥別にムリすることはないから‥。話したくなったら話して。昔みたいに
さぁ‥」
「‥‥」
「とにかく‥早く明るくて元気なマリに戻ってね」
 私はマキのことについて震えながら話した小学生のことを思い出しながら言
った。しかし、マリは結局最後まで無言だった。

 少し聞きすぎたかな、と思いながら風呂に入った。こういう時に詮索するの
は愚かな行為だ。
 再会してからはお互いのプライベートに関してはあまり追求しないようにし
ていたから余計にそう思った。

295 :-17-:01/12/16 16:51 ID:mZB0aAbr

 濡れた髪を完全に乾かす前に、私は寝床についた。
 暗いところは苦手なので電気をつけて寝る。マリが先に寝ている日は暗い
所で寝なければならないので苦痛だけど仕方がない。
 逆に私が先に寝る時は電気をつけたまま寝て、マリが寝る時に消してもらう
ことになっている。

 私が穏やかに眠りの泉に落ちていくときだった。
 マリが音を立てずに私の近くにやってきて電気を消した。私は「マリももう
寝るんだ」と思うだけで目は開けない。
 ほとんど意識がなくなりかけた時だった。

 マリは私の布団をめくり、腹の上にのしかかってきた。体重が軽いとはいえ、
一瞬「うっ」とうめき声をあげる。すると、その声を閉じ込めるように、口に
冷たい感触が走った。

296 :-17-:01/12/16 16:52 ID:mZB0aAbr

 それがキスだと気付くのに若干の時間がかかった。落ちていく意識の底から
上向きの力がカラダ全体を押し上げるように働き、私は目を開けた。
 驚きという、目から火花が出るようなインパクトのあるものではなくボディ
ブローのようなじんわりとやってくるような衝撃だった。
 真っ暗でよくわからないが目の前にはマリの顔がある。

 マリは私の胸のあたりを触っていた。カラダの表面を撫でているという感じだ。
「マリ、何してるの?」
 状況がいまいち把握できていない私は「どいて」と嫌がることなく尋ねる。
 目が慣れてきてマリの表情が徐々にわかるようになる。暗がりの中というせ
いもあるが、寝る前に見た翳をさらに増したような表情だった。

 カラダにようやく衝撃が走った。ここまでされておいて何て鈍感なんだ、と
思った。

 私は服を脱がされているのだ。そしてよくみるとマリも小振りで形のいい胸
を出している。

297 :-17-:01/12/16 16:53 ID:mZB0aAbr

「ちょっと、マリ!」

 黒く渦巻く空気に一層の危機を感じ、私は必死で起き上がろうとするが、マ
リは私の腹に乗っているため、うまく抵抗できない。
 結局そのままブラジャーまで強引に剥ぎ取られ、右の乳首をマリは高速にこ
すりはじめた。
 カラダ中が乳首を発信源に熱くなっていく。一瞬洩れそうになった喘ぎの声
を私は唇を意図的に噛んで飲み込んだ。
 熱が電流を生み、カラダの中を流れる。それが手足に及ぶ前に私はかろうじ
て自由になっている左腕でマリの右腕をつかんだ。

 マリはそんな私の抵抗にも屈することなく、顔を近づけ再びキスをした。今
度はさっきと違い獰猛なキスだ。小さな亀裂からこじ開けるように私の口に舌
を入れてきた。
 そのキスの味はなぜかしょっぱかった。

298 :-17-:01/12/16 16:55 ID:mZB0aAbr

 マリに対する嫌悪とかはなかった。
 襲われているという感覚もなかった。
 ただただ、今の状態を信じることができない。悪夢を見ているようだ。

 次にマリは私のパンツに手を入れてきた。その手は一瞬で性感帯にまで
到達する。そして、すぐにいじりはじめた。
 キスされた時、私は若干感じていた。マリの手で少しだけ濡れたアソコが滑
らかに弄られている。
 キスで閉じられた口が離れたとき、私は思わず女の声を出した。
 マリは上手かった。女同士だからどこが感じるかを知るのは簡単とはいえ、
あまりのソツのなさだ。
「や‥めて‥」
 ムダだとわかっていて私は必死の嘆願をした。男だったらこんな声で言われ
ると逆に欲情を燃え滾らせることになるだろう。マリも同じでより一層しつこ
く攻められると言った直後に思い後悔した。

 しかし、マリは予想に反し、その言葉で動作を止めた。電池式のロボットの
電池が切れたように、硬直した。
 そして、私の胸に冷たい水が落ちた。

299 :-17-:01/12/16 16:56 ID:mZB0aAbr

「マリ?」
 時間が止まった感覚がして私はそのスキをついて逃げ出そうと思わない。
 私もマリと同じように硬直してしまった。

「何でこんなこと‥?」
 私がそう聞いた瞬間だった。マリはアソコに伸びていた手に力を込めた。
そして、ブチッという音とともに、その手を私のパンツから出した。

「痛っ!!」
 私は下半身のあまりの痛みに飛び上がった。
 その力は上になっていたマリを飛ばした。ドッスンという音がする。私は立
ち上がった。

 マリは私の陰毛を毟り取ったのだ。しかも何本も同時に。
 カラダをいろんな風にいじめてきた私だけど、この痛みは初めてだった。

「何すんのよ!」
 数年ぶりに私は尻持ちをついているマリに怒りをストレートに向けた。そし
て、丁度目の前に垂れ下がっていた部屋の電気の紐を私は引っ張った。

300 :-17-:01/12/16 16:58 ID:mZB0aAbr

「何で、こんな―――」
 電気は2、3度点滅した後に完全についた。その光は私とマリを照らした。
肌色になったマリのカラダを見て、私は絶句した。

 マリは泣いていた。もう何日も泣いていたかのように頬に傷のような赤い線
が3Dのように浮かび上がっていた。

 しかし、私を絶句させたのはそれだけじゃない。

 マリは全裸だった。

 そして、そのカラダには無数の傷とアザが生々しく刻まれていた。

301 :  :01/12/16 17:02 ID:mZB0aAbr

-16- (前回) >>284-290
-17- (今回) >>292-300

302 :(☆_☆):01/12/16 21:20 ID:xSVh2Ti9
一日に2回更新ご苦労さんです。
なんやえらい展開に・・・

303 :  :01/12/18 01:48 ID:q1DgNdbh

羊って相当居づらくなってるなぁ。
>302 まいどです。ホント助かります。

304 :- 18 -:01/12/18 01:50 ID:q1DgNdbh

-18-

「マリ‥」
 名前を呼ぶだけでそれ以上の言葉は出てこない。目の前の現実が歪み、頭の
てっぺんから手足のつま先まで震えが沸き立つ。
 マリは決して目を合わそうとせず、尻持ちをついた態勢のまま十字架に張り
付けられたイエス・キリストのように感情を全て失ったまま裸の自分を晒して
いた。

 マリの右手の下にはちりちりの私の陰毛が20本ほどある。それを見て、ま
だひりひりする自分の陰部をさすりながら、マリの同じ部分を見た。

 また、絶句した。

 マリにその毛はなく性器がはっきりと見える。代わりにその部分は赤く染ま
っている。剃刀とかで乱暴に剃られた痕だった。

305 :- 18 -:01/12/18 01:53 ID:q1DgNdbh

 マリは何も言わない。逃げ出そうとしない。でもカラダ全体から訴えている
ような気がした。
「何が‥あったの?」
 マリはピクリと動いた。初夏の風が部屋に吹き込んだようで私とマリのカラ
ダを掠める。生ぬるい風だったがマリの刻まれた傷に染み込んだようで途端に
苦痛の顔をする。

「誰にされたの?」
 聞いてもムダなことを聞いてしまったとやや後悔しながらマリのカラダを凝
視する。

 マリに近づくムチで叩かれたようなネズミ腫れや、カッターで切られたよう
な切り傷。二の腕には縄で縛られたような痕、などキズが多種類ある。そして
何といっても一番目を見張るのが左胸の乳首の上にある焼きゴテのようなもの
で烙印された刻印だ。肌が茶色くただれており、錨というか地図記号の漁港の
文字をひっくり返した感じの痛々しい模様だった。

 私は汚れたカラダを歯を食いしばりながら見続けた。おそらく1人とか2人
とかのレベルじゃないだろう。きっと二ケタ単位の人間にマワされたのだ。

306 :- 18 -:01/12/18 01:54 ID:q1DgNdbh

「ねえ、マリ!」
 横を見て私と目を合わさないマリの顔をつかみ無理矢理私のほうに持ってき
た。顔はカラダに比べるとキレイだ。
 おそらくレイプされたのはおとといだろう。外泊したと思っていたあの日だ。
それまでなぜ気付かなかったのだろう。

 マリの顔と首から下は全く別人のように肌の色が変わっていた。間近にその
肌を見て、ゾンビを見ているような気持ちに襲われた。
 無理矢理合わせたマリの目はほとんど死人だった。その目から決壊したよう
に涙がとめどなく流れている。

「サヤカぁ〜‥」
 理性を失ったようにツバを溜めた口からマリは声を出した。言語障害者のご
とく口元をきちんと動かさなかったためネバネバしたヨダレがとろろイモのよ
うに口から洩れた。

「マリ‥どうしてこんな‥」

「感じるよね?どんなにイヤだって、感じちゃうものは感じちゃうよね?」

307 :- 18 -:01/12/18 01:55 ID:q1DgNdbh

 マリは私の愛液と陰毛がこびりついた右手を狂った雌猫のように舐めた。目
には悲壊の色を帯びている。それは私のココロをえぐるような痛いものだった
が、何の意志も有さない瞳よりはずっとマシだった。
 私は小刻みに顔を上下に動かしながら「うん」とうなずく。

「私‥悪くないよね‥?何度も何度もイっちゃったけど‥悪くないよね?」
「うん、悪くない!マリは何一つ悪くない!」
 私は小さいマリのカラダを力の限り抱きしめた。触れた肌は普通は感じるこ
とがないゴツゴツした違和感でいっぱいだった。
 長い嗚咽はココロの傷を表面上だけ癒しているようだった。

308 :- 18 -:01/12/18 01:57 ID:q1DgNdbh

 密着したカラダとカラダ。
 感情の吐露を終えるとその肌触りに対してどことなく羞恥を覚える。しかし、
マリはそんなことは考えていないようだった。
 自分の中に湧く見えない敵と必死で戦っているように震えていた。

 マリは犯された。
 いくつもの傷をつけられた。
 そして、それでもカラダに流れる性の衝動に、きっと男たちは罵詈雑言を浴
びせたのだ。

「感じてるじゃん。好きなんだろ?」

 頭の中で吐き気がしそうなダミ声が繰り返される。
 貧困な想像力から生まれる簡単な方程式は残酷な過去に私を導いていた。

309 :- 18 -:01/12/18 02:01 ID:q1DgNdbh

「ゆっくりでいいから‥明日でもあさってでも、1週間後でもいいから、何が
あったか教えて‥」
 マリに耳下で囁いた。よく見ると耳たぶもただれている。着けていたピアス
を強引に取られたのだろうか。
 マリは一度胸で大きく息を吸ってから首を横に振った。
「今、言うから‥」
 どんな形にしろ、告白するつもりだったようだ。深呼吸の間隔が小さくな
る。そして、肩、腕、腰、そして胸の刻印と自分の傷を次々に触れていった。
 現実に存在する残酷な事実を再確認するように。

 しばらくして、お互いパジャマに着替えた。電気は中途半端だけど二つの蛍
光灯の内、一つだけを点けた。ぐちゃぐちゃになった布団を部屋の片隅に乱雑
に寄せて、スペースを作った。そこに二人は座り、一緒に温めたウーロン茶を
飲んだ。床は板張りで冷たかった。

 マリはゆっくりと毒を吐き出すかのように、時に苦悶な顔を浮かべながら吐
露しはじめた――。

310 :  :01/12/18 02:04 ID:q1DgNdbh

-17- (前回) >>292-300
-18- (今回) >>304-309
眠いので切り‥‥zzz。

311 : :01/12/18 04:25 ID:9LWo13jy
 

312 :ねぇ、名乗って:01/12/18 04:52 ID:L5MCk5UT
やはり市井には小説がよく似合う・・・
超名作保全

313 :  :01/12/18 08:11 ID:q1DgNdbh

-18-はもうちょっと続きます。眠かった。
>312 小説では使いやすいです、ホントに。

314 :- 18 -:01/12/18 08:22 ID:q1DgNdbh

 竹下通りからから東に歩いて10分のところにある公園で二人は会った。マ
リはサルが木にぶら下がるように小さいカラダを懸命に使ってトシヤの腕に巻
きつき、歩いた。

 しばらくして、トシヤとマリは路地裏の薄暗いところに足を踏み入れた。
 排水溝から洩れ出した水が地面を濡らし、厚底の靴の下でピチャピチャと音
を立てる。
 マリは幾分かの不気味さを感じたようだが、何の迷いもなく歩くトシヤにし
がみつくだけでそんな恐怖は失せていた。

 しばらくするとちょっとした広地に抜けた。草が高く生え、その内側に廃墟
みたいに妖しげに建物が立っている。とにかく周りに人の気配がしないところ
だった。
 繁華しているところから少し歩いただけでこんな寂れた場所があるとは驚き
だった。

315 :- 18 -:01/12/18 08:23 ID:q1DgNdbh

「そこで、トシヤは別れようって言ったの‥」

 マリは胸のあたりをギュッと抑えながら言った。マリにとって、あまりに突
然だった。
 目の前が真っ暗になり、涙でぐにゃぐにゃになった。

 トシヤは「理由は聞かないでほしい」と呟いたあと、背を向ける。マリはも
うとっくに絶望の淵に落とされていた。自重を支えられなくなるほど腰が抜け、
トシヤに一層しがみついた。

 でもマリが味わう絶望の淵はさらに深いところがあったのだ。

「何で?」と振り絞るように聞いたらトシヤは顔だけをマリの方に向け、笑っ
てこう言った。

316 :- 18 -:01/12/18 08:24 ID:q1DgNdbh

「お前を好きなやつが俺の周りにはいっぱいいるんだ」

 これが合図だったかのように突然の人影が現れる。
 それも一人や二人じゃない。獣の群れから生まれる欲望の音色が不協和音を
作って周りをかき鳴らす。
 恐れおののくマリに向かってトシヤはこう吐き捨てる。

「正確に言うとお前のカラダが好きなやつなんだけどな」

 四方八方からガサゴソと荒い息とともに物音を立てる群れが一斉に打ちひし
がれていたマリに襲いかかった。マリはなすすべなく数人の男に囲まれた。

 そして―――。

317 :- 18 -:01/12/18 08:28 ID:q1DgNdbh

 目の前のマリは口を閉ざした。私から顔を背け、唇を噛みしめている。
腐敗したカラダをこれ以上壊されないように腕を巻きつける。

 私はただ立ち尽くしていた。
 続きは――言わなくたってわかる。

 マリはそこで輪姦されたのだ。
 必死で抵抗しても、ナイフでカラダを切り刻まれ、ライターで膝をあぶ
られたり、紐で腕を巻きつけられたりした。そしてペニスで膣をえぐられ
た。何人も何人も。

 そんな想像をさせるマリの失意のどん底に落とされた表情。

318 :- 18 -:01/12/18 08:55 ID:q1DgNdbh

「何回も何回も中出しされちゃった‥」
 しばらくしてからマリは微かな嗚咽を含ませながら、口を開いた。また
じんわりと涙がたまっていく。

「生理‥きたの?」
 マリは首を横に振る。
「まだ‥あれから2日しか経っていないからわかんない」
「検査薬ならすぐ手に入るでしょ。買ってくるから」
 マリは多分犯された後、この家に直行し、それから出ていないはずだか
らそんなものを買いに行ってはいないだろう。
「もし‥できてたら‥どうしよう‥」
 再びマリに震えが襲った。私はマリの左手をギュッと握った。

「大丈夫。精液って混ざり合えば妊娠しないって聞くし‥」
 根拠はあまり知らないけどそう聞いたことはある。レイプされたマリに
この言葉はなぐさめにはならないだろう。だけど、こうしか思いつかなか
った。マリは静かにうなずく。
 私は一つ思ったことをすぐ口にする。

319 :- 18 -:01/12/18 08:57 ID:q1DgNdbh

「そのトシヤってやつは――」
「違う!」
 マリは異常な速度で反応した。
 俯き加減だった頭を上げ、目を見開きながら私を見た。そのあまりの豹
変ぶりと迫力にマリ自身が驚き、握っていた左手を離し、「ごめん」と謝
る。
「いいよ。とにかく明日病院に行こう。その傷‥ちゃんとしなきゃ‥」
 胸の皮膚が爛れて作られた刻印を見ながら言った。

 マリは承諾した。
 私はレイプした顔の知らない男たちを、そしてトシヤを思い浮かべた。
剣を持った私はそれらを串刺しにした。その顔が苦痛を滲ませるまで何度
も何度も貫いた。

 きっと、トシヤはその輪姦した男たちの仲間なのだ。
 マリのことがキライになって仕組んだのだ。いや、元々そのために近づ
いたのかもしれない。

320 :- 18 -:01/12/18 08:58 ID:q1DgNdbh

 マリもそのことに気付いている。
 だけど、トシヤとの甘い日々をココロもカラダも忘れることができない。
99%そうだと知らされても1%はそうじゃないと過去の日々が囁きかけ
る。
 おそらくココロの全てをトシヤに傾倒させてきたマリなのだ。
 どんな裏切りの言葉も「それは違う」と思えるエネルギーを蓄えていた
のだろう。

 しかし、一方で私に救いを求めている。
 トシヤを何とかしてほしいと。
 だからマリの吐露にはトシヤが裏切ったことをはっきりと表面に出して
いた。

 私の中で憎悪のドス黒い炎が燃え立つ。

 トシヤと会ってやる。
 そして―――。

 炎は目的を果たすまで永遠に燃えつづけるだろう。

321 :  :01/12/18 09:00 ID:q1DgNdbh

-17- (前回) >>292-300
-18- (今回) >>304-320

322 :あ名無し娘。:01/12/19 00:13 ID:Zt4t+4SA
一気に読んでしまった・・・
(・∀・)イイ! ッス
がんばって〜

323 :ねぇ、名乗って:01/12/19 03:03 ID:Hah1ynTc

少しずつ核心に迫りつつある予感。
(・∀・)イイ!!
 

324 :ねぇ、名乗って:01/12/19 17:07 ID:Km8kVVO9
トシヤ、どっかで聞いたと思ったらやっと思い出した。
って事は安倍……

325 :  :01/12/20 05:54 ID:VxoKHvYm

結構ギリギリ…。

326 :-19 -:01/12/20 05:57 ID:VxoKHvYm

-19-

 昨日の夜の出来事があって私はイライラしていた。
 朝目覚めても明るいマリはいなかった。それはもしかしたら昨日のこと
は全部夢だったのでは?という愚かな希望を打ち砕くものだった。

 マリはカラダにもココロにも傷を負っている。
 私はどれだけ癒せるだろう?
 約束した病院に行くことをマリは今日になって拒否した。妊娠について
は不安ではあるけれど焦ってもしかたがない。
 それよりもカラダの至るところの傷を何とかしてあげたかった。もしこ
のまま放置しておいて、痕が残ったとしたら、今後別に好きな人ができて、
セックスしようとしても戦争の痕のようなおびただしい傷の数々に男の方
は引いてしまうかもしれない。

 それだけではない。
 マリは一生そのカラダと付き合わなければならないのだ。
 カラダの傷よりココロの傷の方が大事なのかもしれないけれど、ココロ
がたとえ癒されてもカラダに忌々しい過去を想起させるようなものが残っ
てしまえば、ココロは決して癒されることにはならないのだ。

327 :-19 -:01/12/20 05:58 ID:VxoKHvYm

 あれ?
 何を考えてるのだろう。
 私はカラダとココロが乖離したいと思っている。それが非現実的なこと
と知りながら、求めつづけている。
 でも今はひどく現実的に不可能だと否定している自分がいた。
 「ココロとカラダは分離できないんだ」と。

 そういえば、今日もマキが現れなかった。
 目覚めてもう1時間が経っている。
 私は起きるとすぐにマキのことを考える。マキが現れた日はもちろんだ
が、たとえ現れなくても「何で出てこないの?」と夢の中のマキに訴えて
いたのに、今日はしなかった。

 「忘れた」とするのであれば普通ならばごく自然な理由だろう。でも、
私とマキはそれは理由にならない。なぜなら二人はココロでしか繋がって
いないから。
 忘れることはマキとの関係を断絶することになるのだ。

 どうしてだろう?
 ジャムがたっぷり塗られた食パンを手に持ったまま呆然とした。
 マリのことがあったからだろうか?
 それとも――?

328 :-19 -:01/12/20 06:03 ID:VxoKHvYm

――何かが私の中で変わろうとしている。
 わずかずつだけど確実に未来の道はカーブしている。
 その先にあるのは私が思ってもみなかった世界。
 きっと期待よりも不安が大きい。

 私はマリに無理をさせたくなかったので家にいるように指示した。
「やっぱり精神的にもサヤカの方が上なんだよね」
 マリは言った。
「どういうこと?」
「私さあ、サヤカにコンプレックスがあったんだ‥」

 私が出かける直前のことだった。
 積年して重くなった思いを告白するようにゆっくり、そしてはっきりつ
ぶやいた。
 マリの傍にずっといてやろうと思っていたけれどマリは、
「仕事なんなら行ってきて。私は大丈夫だから」
と言ったので行くことに決めた。
 マリは私の仕事の詮索はしないから詳しいことは知らないはずだ。

329 :-19 -:01/12/20 06:07 ID:VxoKHvYm

 もちろん夜に出かける仕事かつ大層な収入を得られる仕事だということ
は知っているから、まともな仕事ではないことぐらいは勘づいているだろ
う。しかし、ここまで汚れた仕事をしているとは思ってはいないだろう。

 いつ暴露してもいいとは昔は思っていたが、レイプされたマリにとって
こういう仕事をどう感じるようになるのか考えたとき、私はもう言うべき
ではないと固く心に決めた。

「コンプレックスってコレ?」
 私は自分の頭のてっぺんに手のひらをかざし、2度ほど手首を振る。
 マリはうなずいた。
「私ね、サヤカに追いつきたくて大っキライな牛乳飲んだこともあったんだ」
「へえ、マリがねぇ」

 マリの牛乳嫌いは筋金入りだ。小2の時なんか給食に出る牛乳を小1の
クラスにいる私のところに毎日持ってきたほどだ。
「でもやっぱり続かなくて‥へへへ‥一度サヤカがキライになった‥」
「‥‥」
「バカだよね、『私の方がお姉ちゃんなんだ〜』って感じで‥。でも身長
だけじゃないんだよね、ココロん中もずっと私より大人だ。私、頼ってば
っかりだ‥」

330 :-19 -:01/12/20 06:45 ID:VxoKHvYm

「そんなことないよ。私、マリがここに来たときすっごく嬉しかった。そ
れからずっとマリに頼りっぱなし。昔も今も――マリは私のお姉ちゃんだよ」
 私はマリの頭を撫でた。

「それ、子供扱いしてる‥」
 口を尖らせて私を見つめた。
 そして、お互い笑った。
 そこには純粋なものだけにはどうしてもならない――世間を知ってしま
った大人としての汚れた部分がある笑顔だった。

「じゃ行ってくる」
「うん、サヤカ」
「何?」
「お仕事、がんばって」
「‥うん」

331 :-19 -:01/12/20 06:46 ID:VxoKHvYm

 私は性を商売にしている。
 時にはレイプのシチュエーションでやったりもしている。
 イメージと本番では違うとはいえ、私はマリが味わった屈辱を擬似体験
し、お金に換金しているのだ。
 チクリと胸の真ん中が蜂に刺されたような痛みを覚える。

――私はマリを裏切っている。

 そんな背徳感がカラダを襲っていた。

 ドアを開けると、ねっとりとした雨が降っていた。

332 :  :01/12/20 06:49 ID:VxoKHvYm

-18- (前回) >>304-320
-19- (今回) >>326-331

333 :名無し娘。:01/12/20 18:45 ID:G6jgfPZQ
保全

334 :ねぇ、名乗って:01/12/20 22:52 ID:6Jl7CZC+
念の為

335 :ねぇ、名乗って:01/12/21 04:11 ID:mwqWwka5

(・∀・)イイ!!
 

336 :ねぇ、名乗って:01/12/21 15:28 ID:i1oJn1GV
保全

337 :ねぇ、名乗って:01/12/22 01:59 ID:/ZrhR3i3
保(略

338 :  :01/12/22 03:58 ID:KsFX8bJU

保全ありがとうございます。いきなりペースが落ち気味ですが、消されないように
がんばります。

339 :- 20 -:01/12/22 04:24 ID:KsFX8bJU

-20-

 雨は何かを溶かそうとしているのだろうか?
 誰かのために泣いているのだろうか?
 それとも何かを告げる合図なのか?

 油じみた驟雨がココロもカラダも滅入らせていた。

 電車の中は湿度が高かった。
 赤や紺の傘の先からポタポタと水が滴っている。人一倍汗っかきそうな
禿げたオッサンはもう何日も洗っていないような汚いハンカチで必死で広
い額を拭っていた。
 そんな日だったからか人の体温がムンと感じていた。

340 :- 20 -:01/12/22 04:25 ID:KsFX8bJU

 今日は休むべきだったと後悔した。
 オレンジやスイカが腐ったようなオヤジの匂いに「気持ち悪い」と思う
のではなく、小さな憎悪の炎がくすぶっていた。

 アンタらと同じ男がマリを壊したんだと。

 男という人類の半分の存在を敵対物として見つめていた。

 ケイは相変わらずの調子で声をかけてきた。こんな時、ケイが女であっ
て本当によかったと思う。
 入ったばかりのころは私もエンコー慣れしていたとはいえ男の一物を乱
暴に咥えさせられたりして、それを単なる仕事としか見ていなく冷ややか
に見守るケイを憎んだものだ。

 そんな時、ケイが男だったら――その同類にそそり立つ下半身を見つめ、
私はさらに憎しみを倍加させることになっただろう。
 今のくすぶりはその時の気持ちに似ていた。

341 :- 20 -:01/12/22 04:26 ID:KsFX8bJU

 仕事場の部屋に入ったときから、私は心臓の鼓動が私というカラダを支
配していた。
 緊張とかではない――私のまだ微かに残っている清潔な部分がこの密室
に拒否反応を示しているのだ。私は水を口に含み、その得体のしれない動
揺を溶かそうとした。

「こんちゃーす。よろしく」

 その客は一見は気概のいい男だった。少しだけ染め上げた髪を上手くウ
ェーブしていて、髪型だけみればホストっぽい。鼻が低いので顔は中の中
といったところか。背も平均より若干低めだ。
「雨の中いらっしゃいませ」
「ああ、雨やったらもう上がってたよ」
「そうなんですか。それならよかった」
 男は私のカラダをジロジロと見る。
 制服がきつめなため、自分のラインがはっきりと出ている。私は少し恥
ずかしげに身をよじる。

342 :- 20 -:01/12/22 04:28 ID:KsFX8bJU

「う〜ん、写真で見るより大人っぽい子やなぁ、立たんかもしれへんなぁ」
 男はちょっと関西弁訛りを出しながらフレンドリーに話しかけてきた。
「そうなんですか?」
「俺な、ちょいロリコン入ってんねん」
 若干の羞恥を持ちながら自分のことをロリコンと正面切って話す男に、
私は逆に好感を持った。

「チェンジ‥しましょうか?」
「いや、いいねん。別に専門っちゅうわけやないしな。それに今日は気分
転換のつもりやったからな」
 少し照れた時のくせなのか頬の辺りをポリポリと掻いていた。
「そうですよね。専門だったらこの店、来ないですもんね。みんなハタチ
以上だし」
「でも、サヤカちゃんはそれより下やろ?」
 カマをかけている言い方だと勘付いたのも経験からだろう。というかそ
ういう客はかなりいる。

「いやいや、そんなことないですよ」
「ウソや」
「ホントです。でも若く見てくれて嬉しいです」
 しばらく考えた様子を見せた後、諦めたように口を開く。
「そっか、俺の目も狂ってきたかな‥。そんじゃあ、はじめていい?」
 私は小さくうなずいた。

343 :- 20 -:01/12/22 04:29 ID:KsFX8bJU

 最初の客がこの人で良かった、と思った。
 この店には歪んだ性癖の持ち主が来ることが多い。
 この男も公言している通り、ロリコンという歪んだ性癖なのだろうが、
その癖は私にとっては大したことではなかった。

 男はコスプレも要求せず、私を純粋に裸にし、愛撫しようとしてきた。
性の玩具としてではなく一人の女性に接するように。本当にロリコンなの
かと思うくらいサド的な要素もなかった(ロリコンの大概はSだ)。

「君のおかげで、対象年齢上がりそうやわ」
 私の胸を揉みしごいているときに男は言った。私は関西弁口調のこの男
に合わせて「おおきに」と言う。

「俺、ホンマはこんなヤツやないねんけどな‥」
「‥‥‥」
 私は演技が入ったトロンとした目で見つめ、男の次の言葉を待つ。
「サヤカちゃんのカラダ見ていると、ヘンな気持ちにならんわ、やっぱ‥」
「‥というと?」
 ”ヘンな気持ち”というのは欲情のことだろうか。男は私の乳首をコロ
コロ転がしていた舌の動きを止める。
「ま、エエがな‥」
 男はためらいまじりにそうつぶやいた。その言動たちは理解できなかっ
た。しかし、これ以上私も詮索する必要もないし、したいとも思わなかっ
たので何も言わないでいると、男は再び愛撫に集中しはじめた。

344 :- 20 -:01/12/22 04:35 ID:KsFX8bJU

「ほな、そろそろしてもいい?」
 男は私を仰向けにし、膝を開かせた。もう全裸だったので恥部が男の目に
ははっきり映っているだろう。
「はい」
「でも大丈夫なん?」
 男の口からそんな言葉が出た。ためらいがそこにはあった。

「え?」
 最初はわからなかったが、男が聞きたかったことをすぐ理解した。
「ああ。大丈夫です。今日は安全日です」
「‥‥‥」
「それに、もし何かあってもお客様には責任は取らせませんから」
「‥‥‥」
「大体、わかるのは数日後のことだし‥そうなったら誰のかわからない
わけですから責任を取らせようにも不可能です」

345 :- 20 -:01/12/22 04:36 ID:KsFX8bJU

「‥そっか、安心した」
 しばらく間を空けて、男はあまり安心した顔色を見せずに言った。い
つのまにか豊かな表情が消えていることに気づく。少し緊張を帯びてい
るようだが場慣れしていないからというわけではなさそうだ。
 かといって理性が消え、凶暴な情欲男に変貌する様子もない。

 しかし、それもどうだっていい。
 男の一転して無表情になったところは気にはなったが、それ以外はあ
まり変わっていなかった。
 最初に言ったとおり、性の対象外なため、あまり欲情していないだけ
なのかもしれない。
 これなら楽勝――普通にセックスして終わるだろう。それこそ、社交
辞令のような薄くて愛のないセックスになるはずだ。

346 :- 20 -:01/12/22 04:44 ID:KsFX8bJU

 そう。いつもなら楽勝になるはずだった。
 しかし、今日は違った。

「そしたら、いれるで」
 男が半立ちになっているペニスを見せたときに、再び拒否反応が起こ
った。胃の中のものが逆流するとともに、頭の中では悲鳴が駆け回る。
 幻聴だとはわかった。しかし、この悲鳴がマリのものだとわかったと
き、狂いそうな昂ぶりが身を襲った。

「どうしたん?」
 目に見えて震え、接触を拒絶しようとしている私を不審そうに見つめ
る。
 その時私はその客が妖怪のような目で私を見ているように見えた。そ
の妖怪は私のココロをえぐろうとさらに手を伸ばす。ネバネバしていて
妖怪の触手のように見えた。

347 :- 20 -:01/12/22 04:46 ID:KsFX8bJU

「そんなに大きくないとは思うねんけどな」
 恐怖に引きつった私を男は演技だと思ったのか腕をつかんで少し強引
に引っ張った。私の中で何かが切れた音がした。
「うわあああ!!」
 私は拳に近くにあった固いものを持って思い切りふり下ろした。
 男の後頭部にあたり、前のめりになって倒れた。

「はぁはぁ‥」
 壁によしかかり横を見ると、鏡があった。裸になった私の全身を映し
出している見える。そこにはあるはずのないカラダ全体に渡った火傷の
あとや、カッターで切り刻まれた傷、そして、イカリの刻印が胸に焼き
ついていてその部分が特別熱かった。

「何これ?」
 やがて、カラダの至るところにあった傷から激痛が走り出す。一つ一
つが意志を持っているかのように痛みが激しく波打つ。

348 :- 20 -:01/12/22 04:47 ID:KsFX8bJU

 目の前に客が気絶している。
 この客が私をこんな目に遭わせたの?

 痛い。
 苦しい。
 死ぬよりもずっとつらい。

 私は地の底から湧きあがるような絶望の悲鳴をあげた。

 まだ頭の中で響き渡るマリの悲鳴と共鳴し、底の見えない奈落へと落ち
ていく―――

349 :  :01/12/22 04:59 ID:KsFX8bJU

-19- (前回) >>326-331
-20- (今回) >>339-347

祝20。規制ウザ‥

350 :名無し娘。:01/12/22 20:05 ID:qAODMSdv
荒れそうなんで保全

351 :ねぇ、名乗って:01/12/23 04:04 ID:Xq9fQsK+

祝20保全
 

352 :- 21 -:01/12/23 06:44 ID:vkWfel+P

-21-

 小一時間経つと私は大分落ち着いた。
 結局、そのまま私は仕事を休むことになった。とりあえずは謹慎だけど、
おそらく解雇になるだろう。
 別にこの仕事自体に特別の思い入れはなかったし、それでよかったのだ
が、ケイの悲しくて「裏切ったね」と言わんばかりの目が私の心を刺した。

 歓楽街を歩く夜の11時。
 私にとってはあまり馴染みのない時間帯だ。
 雨は客の男が言ったとおり上がってはいたが黒い雲の動きが早くてもう
一度降りそうな気配もある。街中は夜通し遊ぶような若者で溢れ、それぞ
れが明日なんて考えていない飢えた顔をしている。
 道端に腰を据え、深遠な夜の空を灰色のフィルター越しに見つめていた
り、道行くサラリーマンやOLの顔を物色している。
 ある人はカツアゲ、ある人はレイプの対象に‥。

353 :- 21 -:01/12/23 06:45 ID:vkWfel+P

 こいつらは鬱屈したエネルギーの塊でできた廃棄すべき人間だ。

 未来を見ることを拒絶し、刹那的な欲望と、何かあったら一気に燃え出
しそうな物騒な衝動とが渦巻き、それを是として生きている。
 きっとマリを襲った連中もこんな退廃的なムードから生まれた人種なの
だろう。

 自分だけが異物なのかもしれないとして少し歩幅が狭くなる。
 離れたところから見たら私だけ浮いて見えるのかもしれない。
 のろのろと頭を抱え、誰からも己の存在を隠すように歩く私にそんな人
種が、君も同化しよう、と誘ってくる。
 単なるナンパの裏側に、あんたも同じ穴のムジナなんだ、と私を弾劾す
るねっとりとした侮蔑の響きがあった。身の毛がよだつ悪魔のささやきに
私はバッグを振り回して追い払った。

354 :- 21 -:01/12/23 06:46 ID:vkWfel+P

 ふと周りを見るとヤクでもやっている発狂人を見るように一般の通行人
が冷ややかな視線を送っていた。もしかしたら警察に通報されているかも
しれないと思い、この場から立ち去るべく足を早めた。
 どうやら私は異物には間違いないようだ。ただ、この嫌悪すべき若者た
ちよりもっとドス黒く煤けた”欠陥種”だ。

 私は深呼吸をした。私の中の毒を空気で浄化させるように。
 そんなことはムダだとわかっていても何もしないよりはマシだった。

 とっとと、家に帰ろう。
 ちょうど雨の匂いが再び世界を覆った。闇の空にぶ厚そうな雲がたちこ
めている。

 私は足をさらに早めて自分の家に向かった。周りは何も見ないでいこ
う――どんなにキョロキョロしたって私より最低な奴はいないのだから。

355 :- 21 -:01/12/23 06:47 ID:vkWfel+P

 しかし、そんな思惑はある人間が壊した。
 ホテル街の性のぎらつく欲情が空気を支配しているところだった。
 あまりの慣れた匂いに私はその一人の存在を見て見ぬフリをすることが
できなかった。

「ユウキ‥」

 夏だというの寒さを覚えた。
 ぽつりと天から降りてきた一滴の雫が頬を掠めた。
 ユウキとその腕にしがみついたユウキよりもずっと背の低い少女が歩幅
を合わせてゆっくりと歩いている。私は二人が周りと比べて電球の数が少
なく建物全体がアラビア風の少し不気味なラブホテルに入るのを目撃した。
二人とも緊張しているようだった。

 ユウキは真正面で立ち尽くしていた私の存在に気づかなかったようだ。
ホテルに入るということに神経を尖らせていたようで周囲の様子など見渡
す余裕もないといった感じだった。

356 :- 21 -:01/12/23 07:16 ID:vkWfel+P

 ユウキの隣の少女は私とは似ても似つかぬ容貌だった。胸もなく腰のく
びれもほとんどない幼児体型をしていて、顔もそれに合わせた童顔。中学
生、いやもしかしたら小学生かもしれない。そして、翳を決して有さない
純粋な瞳を持っていた。
 とにかく外見も内面も私とはまったく異質の人間。

 ユウキの好みってあんな感じの子だったのか‥。

 一瞬意識が遠のき、疲れがどっと出た。擦り切れたぼろきれのような深
くて殺伐とした疲れだった。

 何を考えてんだ、私?

 湧出する疲弊の分子を払い落とすように私は腕を掻き毟った。赤い引っ
かき傷が4本、平行に皮膚に浮かび上がる。
 ユウキは単なる客だったはずだ。ただマキに似ているというだけで他は
他の客と何一つ変わらない。

357 :- 21 -:01/12/23 07:19 ID:vkWfel+P

 ユウキは「彼女がいる」としっかり言ったのだ。それを私は今ただ目撃
しただけだ。私が教えたことをユウキは予定通り実行しようとしているだ
けだ。

 ユウキなんて関係ない。
 関係ない。
 関係ない‥。

 そう自分に言い聞かせながら、深い絶望の沼に足が沈みこんでいく感覚
を覚えていた。

 雨は本格的に降り始めた。
 そんな中、傘も差さずに30分ほど出入りのないホテルの玄関を呆然と眺
めつづけた。
 あまりに幼そうな彼女だったのでフロントで帰されるのでは?という淡
い期待は段々と薄れていった。

358 :  :01/12/23 07:21 ID:vkWfel+P

-20- (前回) >>339-347
-21- (今回) >>352-357

359 :ねぇ、名乗って:01/12/24 05:45 ID:Ya8C4JPo

ん? Newキャラ登場か。

激しく期待 ハァハァ…
 

360 :- 22 -:01/12/24 06:42 ID:sXYxqodz

-22-

 何という曲かわからない。
 だけど甘い匂いを誘う旋律であることは本能的に読み取った。
 そして、同時にやってくる足音が悪意に満ちたものであることも本能的
に気づいていたのだろう。

 ここまで感性が優れていたのは私の脳細胞がまだ未分化だったからだろ
うか。
 足音の主が私を見つめる。
 微かに口元が動いた。私の耳にもちゃんと届いたようだけど何て言って
いるかわからない。読み取る力がまだないのだ。
 私はただ、その”愛さなければいけない人物”とその上に見える輪っか
型の電球を眩しげに見ていた。

 私は意味もわからないまま泣く。喜びとか苦しみとか悲しみとか――全
ての感情を泣くという人間の一番の本能の部分でしか表現できない。
 目の前の人には伝わっているだろうか。これは喜びの表現なんだと。だ
からもっと愛してほしい。その瞳をもっと温かくして、もっともっと私を
見つめてほしい。

 ただ、近くに来てくれるだけで、私の中には愛が生まれる。そして、き
っと向こうも―――

361 :- 22 -:01/12/24 06:43 ID:sXYxqodz

 しかし、その人物の手が喉元に押し当てられたとき、真実の裏側を知っ
た。
 縦50センチ、横40センチの檻の中、私が自由に動き回れる空間。そ
の中を通行許可証である笑顔を私に見せ通過してきた手。
 大きくて柔らかくて、全てを包んでくれそうな手は間違いなく”母”の
もの。

――もっとも私を愛してくれるはずの存在。

 今その手は確実に死へと導いていた。
 泣くことができなくなった。
 苦しさから泣こうとしてもその感情すら止められてしまう。必死で抵抗
しようとするが、手も足も動かすことしか知らない私のカラダは抵抗とは
程遠く、ただ空しく宙を掻くだけだった。
 酸素がなくなる。脳細胞が徐々に死んでいくように真っ白な情景が目の
前に広がる。

 私を動かしているのは生きるという本能ではなく、庇護する立場のはず
の母の手が突然、破壊する存在に裏返りしたことに対する絶望的な憎悪だ。

 そんな感情を脳裏に焼き付けたまま私は白の世界にココロもカラダも埋
められていく―――

362 :- 22 -:01/12/24 06:44 ID:sXYxqodz

 意識が戻ったときには地獄に追い詰めたその腕に抱かれていた。
 汗ひとつ掻いていない。
 さっきまでのことがウソだったかのように、母は笑顔で、「いい子
ねぇ〜」と背中をさする。

 あれは夢だったのだろうか?
 いや、違う。もし夢が存在しているとするならば、この母の笑顔こそが
夢で虚無的なものなのだ。

 母が喉を締め付けたせいか、その日から気管支性肺炎を発症し、嘔吐と
夜泣きを繰り返した。
 母は手厚い看護をする一方で、時折人が変わったかのように私を屑のよ
うに痛みつける。
 私の小さな世界に入ってきた母は私のぶよぶよとした腕をつねる。黒目
が大きい私の目をは虫類のような冷徹な目つきでえぐるように睨む。

 この善と悪の繰り返しは何なんだ?

『”真実”は存在しない』

――それが私の得た、紛れもない”真実”だった。

363 :- 22 -:01/12/24 06:46 ID:sXYxqodz

「すごい寝汗‥」
 閉じられた目の向こう側で心配そうに私に向かって誰かが言った。寝返
りを打つと、背中がオネショでもしたかのように冷たかったので、異常に
早く覚醒する。
 そして、今のが夢だと気づいたのはそれから数秒後のことだった。
 でも普通の想像を含んだ夢ではなくて、きっと――。

「シャワー浴びたほうがいいよ」
 目をあけると、いつものマリがいた。あいかわらず夏だというのに長袖
のトレーナーに腰を紐で縛る薄い生地の長ズボン。

 季節感の外れた日常を見て、現実に戻ったのだと気づき、一瞬吐き気を
覚えてから、ようやく落ち着く。
「うん、今何時?」
「朝6時。起こしてゴメン。うなされてたようだったから不安になって‥」
「ありがと‥。助かったよ」
 マリは頭上の電気をつけた。2度ほど点滅してから私たちを照らす。

364 :- 22 -:01/12/24 06:47 ID:sXYxqodz

「”マキ”の夢?」
 少し恐れているようにマリは聞いた。マリは私にとってマキとは大切な
人物であることを知っている。それなのにそんな風に聞くのは、私がマキ
にココロを傾倒させることがイヤだったからだろう。
 それだけマリは今私を頼っている。

 うれしいようで哀しい。

 私は首を横に振った。
「全然違う夢。それだったらこんな汗かかないよ」
「そうだよね」
と言いながらマリはうなずいた。
 そして、「シャワーを浴びてきたら?」と私を促した後、「私はもう一
度寝る」と言った。布団にもぐろうとするマリを私は呼び止めた。

365 :- 22 -:01/12/24 07:08 ID:YefGdrg6

「今日こそ、病院行こうね」
 布団の中でマリのカラダを揺さぶった。
「イヤ。ていうか行かなくて大丈夫だよ。傷も全部ちゃんと治りそうだし」
「ダメだって。全部完璧に消してもらうの。特にその胸‥」
 今は常に隠されている胸に禍々しく映える刻印を想像すると一番吐き気
がした。

 いくつもの傷があったがあれだけは何か劣悪な意志が込められていると
思っていた。
 あの忌々しい印を消したい――そう願っていた。
「大丈夫だって。人間の自然治癒能力を信じなさい!」
「何、小難しいこと言ってんの?絶対行くんだからね!」

 マリは突然布団をめくり上げた。
 暖かくて悲しい目をする。どこか空虚で高級チーズのようにところどこ
ろに穴が開いていたマリの言葉に急速に意志が吹き込まれる。

「じゃあ、このカラダの事情を医者にどう説明すればいいの?」
「え?」
「私‥このカラダをいろんな人に見せなきゃいけないんだよ‥。そんなの
イヤだ」

366 :- 22 -:01/12/24 07:09 ID:YefGdrg6

 静寂に私はカラダを浸した。
 脳だけがフル回転でマリのココロを探ろうとしている。そして、浮かび
あがるのは後悔の部分。

 レイプされた人間が告訴に踏み切るのはほんのごく一部だと聞く。それ
は自分が晒し者にされるからだ。よくは知らないが警察や裁判でどのよう
なことをされたのか公言しなければならない。

 マリが法廷に立って苦渋に溢れた顔をしながらうつむき加減に告白する
シーンを思い浮かべた。周りは一部に30代くらいの女性の集団が真剣な
眼差しで見つめる以外は数寄物顔でマリを目で舐めまわしている。
 想像で幾人もの無関係の人間がマリを犯している。

 ゾッとした。
 貧困な想像の中ででも血の気が引いた。

367 :- 22 -:01/12/24 07:11 ID:sXYxqodz

「ごめん‥」
 私はココロから謝った。同じ女としてそんな単純な回路を解読できなか
った自分を貶した。本当はココロもカラダも同時に癒していかないといけ
ないのだ。

「じゃあ、寝るね‥」
 小声でマリは言った。私はただうなずいた。
 でも病院には行ってほしい。そんな強いココロをマリに持ってほしい。
 純粋にそう思った。

368 :- 22 -:01/12/24 07:13 ID:YefGdrg6

 シャワールームには小窓がついている。太陽の光はさすがに直接は入ら
ないが窓のおかげで大分明るかった。
 ベトベトした汗を洗い流していると爽快ガムを噛んでいるかのように
すーっと冷たく心地よい刺激が脳をくすぐる。
 冷静さが徐々に生まれ、それが今日の夢のことを想起させた。

 あれは私が創った妄想ではない。
 おそらく過去に現実として起こり、記憶の一番深いところに眠ってい
たものが、何らかの原因で表層にまで蘇ってきたのだろう。
 きっとこの記憶は立つことすらままならない、物心がつく前の私だ。
だから、通常の記憶の引き出しには存在しなかった。

369 :- 22 -:01/12/24 07:14 ID:YefGdrg6

――私は母に虐待されていた。

 夢なんて曖昧なものを根拠にするのは間違っているのかもしれないが、
それは真実だろうと私の中の何かが伝える。
 そういえば私は低学年のころから離婚するまでずっと反抗期だった。
 誰にでもある両親への反発心ではなく、陰にとじこめたような表出す
ることのない悪しき反抗。

 もし、私が表面上に出た半生だけを書き綴り、それを誰かに見せると
する。
 そこで、私は聞く。
「私がこんな人間になってしまったキッカケはなんだったか?」と。
 すると、見た人間全てがこう答えるだろう。
「マキの夢を見るようになったからでしょ?」と。

 しかし、それを私は自信を持って否定できる。
 私のこの現代社会に不適合のココロは決してマキのせいなんかじゃ
ない。

370 :- 22 -:01/12/24 07:15 ID:YefGdrg6

――”先天性”なのだ。

 きっと生まれる前からこんな人間だったのだ。
 母はやはり自分の腹を痛めて産んだのだから一番私という人物を知
りえた人間だったのかもしれない。
 母には「私を抹殺するように」という社会適合者としての本能が働
いたのであろう。一方で我が子に対する母性本能も働く。二つの本能
の対象が私という同じ生物に向けられている母は激しく葛藤する。
 それが私にとっての善と悪を交互に繰り返させる。

 これで今まで母が私を嫌っていた理由の説明が付く。
 今回の夢でその考えは決定的になった。

371 :- 22 -:01/12/24 07:18 ID:sXYxqodz

 シャワーを浴び終え、部屋に戻るとマリは数分間前のことをキレイ
サッパリ忘れてしまったかのようにすやすやと眠りに入っていた。
 寝顔は幼くてかわいくて――どうしても姉というより妹のようだった。
 私はマリに会えて――マリの幼馴染で本当に良かったと思う。
 マリがいなければ今まで生きてこれなかっただろう。きっと喜びとい
う感情を知らずに社会に抹殺されていたに違いない。

 マリは私とこの世界をつなぐ掛け橋となってくれた。

 だからこそ、マリが私の昔棲んでいた闇の世界に落ちていきそうな今
の状態はどうしても許せなかった。今度は私がマリを救う番だと思った。

 マリの為に下手なりに料理を作ろうと小さな台所に向かうと冷蔵庫に
は「今日はゴミの日」と書かれた付箋紙が貼られていた。マリの字だ。

 きっと私宛ではなく自分自身に書いたものだろう。その付箋紙を剥が
して、私はゴミを集めた。
 水色のゴミ袋にはいっぱいゴミが入っている。あまりにも多すぎて、
上手く結べなかった。私は二つに分けて捨てようと思い、もう一袋ゴミ
袋を持ってきて、半分だけ入れ替えた。
 その時私はゴミの中にヘンなものを見つけた。

372 :- 22 -:01/12/24 07:19 ID:sXYxqodz

 黒色のビデオテープだ。ラベルは貼っていない。ヘンだと思ったのは
ケースからテープが10mほど表に出ていたからだ。
 どうみても誰かが引っ張りだした形跡だ。私はビデオの横に置いてあ
るテープを見た。3本が縦に並べられてあった。確か昨日も一昨日もず
っと前も3本だったから、そこにあったものではないことは確かなようだ。

 私は息を呑んだ。
 あんな社会に身を置いている以上、どうしてもそっちのイヤな方向に
想像させてしまったからだ。
 そして、その推測が正しいとすると、マリが狂気に孕んだ行動に出た
のに1日のタイムラグあった理由にもなる‥。

373 :- 22 -:01/12/24 07:20 ID:sXYxqodz

30分後。
「おはよ」
 眠い目をこすりながらマリはやってきた。
「あれから寝なかったんだ‥」
「うん、シャワー浴びると頭が冴えちゃって寝る気にならなかったんだ」
「あ、ご飯作ったんだ。珍しい。結構凝ってんじゃん」
 テーブルに所狭しと置かれたご飯や味噌汁やポテトサラダを見てマリ
は言った。
 私が料理をするとしたら大抵パンで、和食なんてものは作らなかった
から少し驚いているようだ。
「おいしいかどうかはわからないけど」
「うん、毒見してやるか」
「何よそれ。毒見って‥」
 ふてくされ気味に私が頬を膨らませると、マリは笑いながら椅子に腰
掛ける。さっきのちょっとのケンカは忘れてくれているようだ。
 少し私はほっとした。

「あ、そうそう、今日ゴミの日だったんだよね。ちゃんと捨てといたから」
 言ってココロの中で少しガッツポーズ。ごく自然に言えた。
 マリは冷蔵庫を一度見て、付箋紙がないのを確認したあと、「うん、あ
りがと」と言った。

 ビデオテープはとりあえず私の通常使わないバッグの中に入れておいた。

374 :  :01/12/24 07:22 ID:sXYxqodz

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